■アンシェヌマン・・・2章・8



打ち上げ会場に戻り取り急ぎの挨拶だけ残した夏樹は、約束の駐車場で黒川と落ち合いホテルを後にしていた。

此処に来るまで知り合いや舞台関係者に黒川と居るところを見られてはいない筈だが、万が一見られていたとしたなら適当な言い訳で誤魔化せるだろうか。

狭いと言えば狭い業界だ。

あまり妙な噂は立てられたくはない。

しかし黒川の車に乗り込むまで考えていた不安は、車が走り出して程なくした時には既に頭から無くなっていた。

車内は無音で、ラジオや音楽どころか会話もない。

それでも、車窓を流れゆく夜に浮かぶライトを見ていると周囲の事など考えられなくなっていく。

何故自分は今此処にいるのか。

何故黒川はあそこに居たのか。

一人で考えても答えなど出ない疑問が頭の中で堂々巡りとなる。

解るわけなどない。

今までも黒川との関係や行動について明確な答えなど出せた事がないのだ。

なんとも無駄な事をしていると、窓に映る己の影に向けため息が漏れる。

そうしているうちに連れてこられたのは、打ち上げ会場であったホテルから歩いてでも行ける距離にあるシティーホテルであった。

車内から変わらずの無言のままチェックインをし、目線すら合わせず客室に入る。

ワンルームにベッドとソファーセットのある室内は広々としている。

ぼんやりと黒川の後に続き彼がスーツのジャケットを脱ぐのをただ見ていると、ようやく夏樹を振り返った彼は唇の端をつり上げて見せた。

「どうした?めかし込んでるから脱がして欲しいのか?」

「い、いえ。そういう訳じゃ・・・。脱ぎます」

からかうような黒川の言葉にカッと顔が熱くなるのを感じる。

夏樹自身このような格好をするのが久しぶりであれば、黒川の前でそうとあるのは初めてだ。

彼が言うように『めかし込んでいる』というのが今更照れくさくなり、咄嗟に背を向けた。

どうせやる事は一つで、それに衣類は必要ない。

結局は脱ぐのだからさっさとそうしてしまえば良い。

ジャケットのボタンを外し、ネクタイ飾りを取る。

それを胸のポケットに落とし結び目に手を掛けた時、不意に夏樹は背中に熱を感じた。

「・・・ぁ」

「続きは俺にさせろ」

「仁さん・・・」

背後から黒川の両腕が伸び、包み込まれるようにネクタイに触れられる。

黒川の低い声に耳元で囁かれるとそれだけで身体の動きを奪われ、ネクタイに触れていた夏樹の手をあっさりと払い退けるとそれを黒川が解いた。

あっという間シュルリとシャツとネクタイが掠れ合う音を立てそれが取り外される。

抵抗も出来ないまま───抵抗をしたいのか否かも解らないまま、黒川はネクタイを床へ落とすと夏樹のシャツのボタンも一つずつ丁寧に外していった。

「こういう恰好もするんだな」

「滅多に、ありませんけど。まぁ、場合によっては、って感じです」

「なかなかそそられるもんだ」

「そんな・・・」

後ろから回された腕。

その腕の逞しさと、背中に感じる彼の肩幅。

頭上から降る彼の声。

この腕や胸に抱かれ、この声で甘く囁かれる。

それがSEXフレンドでしかないヤクザ者の男だとしても、一度火のついた欲情は止められない。

「仁さん」

「なんだ?風呂か?」

「シャワーは浴びて来ました。だから、その・・・」

「だから、なんだって?」

黒川が狡猾な笑みを浮かべる。

その面もちを振り返り、夏樹は彼の後頭部に腕を伸ばして引き寄せながら、背伸びをしその唇を奪った。

やりたかったからだと黒川が言うなら、早くやれば良い。

夏樹もまたやりたかったのだから、まどろっこしく脱衣などしていられない。

「てめぇ・・・」

「仁さん、んっ」

薄い黒川の唇を啄み、舌先で彼の口内へ進入する。

荒くなる呼吸を繰り返しながら舌を絡めようとすると、しかし黒川は容易にそれを許してはくれなかった。

「ぁ・・・」

「積極的なのも良いが、てめぇが巻いた種だってぇのを忘れんなよ」

「え・・・あ」

黒川の両手が夏樹の肩にかかり、身体を反転させられる。

正面から抱き合う格好になれば黒川が夏樹の唇を奪った。

夏樹のキスとはまるで違う荒々しいそれは、けれど決して奪われているばかりだとは思わない。

奪われ、そして与えられている。

夏樹の口内を蹂躙されれば、瞼を持ち上げている事も、唾液を飲み込む事も出来なくなっていた。

「っふ・・・ん・・・」

無意識のうちに夏樹の腕が黒川の背に回る。

抱きつくよりもしがみつくと表したいそれは、彼に捕まっていなければ立っていられないからだ。

黒川のキスは好きだ。

それだけで十分、身体の中心へと熱が集まってゆくとはっきりと解る。

シャツのボタンは全て外され、肌蹴たフロントからは下着代わりのTシャツが覗く。

ベルトを外していないスラックスの下では、下着に包まれたペニスが形を成している。

辛い。

ただキスを繰り返すだけでは、立っているのも身体に溜まった欲望も辛くて仕方がない。

「んっ・・・仁さん、もう」

「どうした?キスだけでいっちまうってか?」

「そこまでは言いませんけど、でも・・・最後に会った日から、何もしてないんです」

それはもう何日前になるだろうか。

その日から、他の誰かとのSEXはもちろん自慰すらしていない。

忙しさとレッスンでの疲れからそのような気分にならなかったというのもあるが、けれど身体に貯まる物は確実にある。

「だから、俺・・・」

「さっきも言っただろ」

「え?」

「てめぇで巻いた種だ、どうなっても文句は言わせねぇからな」

「・・・ぁ」

黒川の手が夏樹の腕をつかむ。

そして数歩先にあったベッドへ身体を放られ背中にマットレスが当たったと知れると、体制を整える間もなく夏樹は黒川に覆い被されたのだった。





  

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