蒼き真珠


都内にある大きな総合病院。

夕日が沈み面会時間は終わりを告げる頃、病棟隅の病室の一つの扉が開いた。

ベッドが一つ置いてあるだけの、清潔で質素な病室に須藤【すどう】が入る。

須藤はありふれたスーツを着てありふれた柄のネクタイを付けた、一見人波にまぎれてしまいそうなほど平凡なサラリーマンだ。

だが黒ブチの眼鏡に隠された素顔は、誰もが見惚れてしまうほどに整っている。

そんな須藤は毎日のようにこの病室に通っていた。

個室の病室にはロッカーなども取り払われ、パイプ椅子が一脚あるだけのその部屋はとても寂しい。

須藤はベッドの前に進みながらゆっくりと息を吐いた。

一たび笑えば周囲の視線を集めずにいられないその面持ちも、ここに来る時はきまって雲っている。

そこに横たわる、この部屋の主は須藤の恋人だった。

「修也【しゅうや】、、、」

須藤はその青いほどに白い頬に触れる。

僅かに感じられる熱だけが、彼が生きている事を教えた。

「修也、今日から新しい人が部長になったんだ。凄く若くてね。」

須藤は至極悲しげな面持ちとは裏腹に、明るい声を作り修也に話しかけた。

だが、修也からは何も反応が返って来る事はない。

それは今日だけの事ではなかった。

修也は、身体を動かす事も声を発する事も自力摂食も不可能なのだ。

いわゆる植物人間だ。

約4ヶ月前。

修也は須藤の目の前で交通事故に遭った。

未だに瞼の裏に蘇る事故の惨劇。

他愛の無い、今から思えばなんともつまらない喧嘩をしてしまった。

口論をして、須藤の腕を振り払い歩き出した修也の身体を、飲酒運転のトラックが跳ねたのだ。

それ以来、修也の四肢はだらりと力が入らず、瞼と唇はだらしなく半開きになっている。

医者の話しだと意識はあるらしく、反応は返せないものの話しかければ伝わっている、らしい。

須藤にはにわかに信じられる事ではなかったが、藁にも縋る思いで毎日話しかけ続けているのだ。

床に膝を突いた須藤は、力の入らない修也の手を取り両手で握り締めた。

決して握り返される事の無い冷たい手に熱を送るように、組んだ自分の手に額を乗せて瞳を閉じる。

真っ暗な中で、修也の手の感触だけを感じた。

「修也、愛してる。ずっと愛しているから。」

手の平の中にある修也の指がピクリと動いた気がする。

望み過ぎた幻想かもしれない。

顔を上げた須藤の頬には幾筋もの涙が流れていたのだった。