蒼の時刻   ちょい読み [本文より抜粋]




冷たく吹きぬける風に耐え肩を竦めたその時、理緒の目の前に薄茶色の物が飛ん で来た。

「うー寒い・・・・あれ?」

風に舞い上がりながらも直ぐに理緒の足元に落下したそれは、有り触れたA4サ イズの封筒だ。

薄く如何にも書類か何かが入っていそうなそれを、理緒は反射的に取り上げた。

「・・・風間、法律事務所・・・」

封筒の表面に水色で記されている刻印。

中身が何かまでは解らないが、「法律事務所」という文字から憶測するにこの封 筒はとても重要な物ではないだろうか。

無くした人はきっと困るだろうし、市役所に落し物として届けていては遅いかも しれない。

風に乗って来た事を思えば落とし主はまだこの近くに居るかもしれない、と辺り を見渡した理緒は、スーツ姿の一人の男性に目が止まった。

見た限り今周囲には親子連れや若い女性しか居らず、ならば一番この封筒が似合 いそうなのは彼なのではないかと思ったのだ。

一か八か当たりを付け、理緒は滅多に出さない大声を張り上げた。

「すみません。すみませーん」

「走る」よりも「小走り」と表した方が相応しい足取りながら理緒の精一杯で駆 け寄ると、そのスーツの男性は立ち止まり振り返ってくれた。

遠めでは解らなかったが、ノーフレーム眼鏡を着用した彼は若かった。

とはいえ、青年というには年が行き過ぎているが中年というにはまだ早過ぎる、 といった感じで、年齢だけならば手塚と大差はないように思える。

けれど、それ以外は何もかもが手塚とは違っていた。

「・・・あの、これ落としませんでしたか?」

ようやく追いつき、拾った封筒をロゴの刻印を上にし見せる。

目の前に立つと、男性は理緒よりも頭一つ分以上長身だと知れた。

それだけではない。

眼鏡の下の面持ちは男性的ながら美麗だと現して御幣無く整っているし、スーツ を着ていても尚、体躯が引き締まっているとも解る。

どれをとっても、今まで理緒の周りに居なかった部類の人だ。

「・・・それは私の物です。気づかないうちに落としてしまってたんですね。拾 って頂いてありがとうございます」

「いえ、お渡し出来て良かったです」

聞きなれないイントネーションの彼は、封筒を受け取ると言葉に言い表せないな がらに印象的な笑みを浮かべた。

初めて会っただけなのに、だからだろうか、否それともただ単に彼の喋り方が物 珍しいからかもしれない。

理由はわからないが胸がドクンと一つ鳴った。

「大切な物やったんです。大切な人に会う為の。良かったらお礼にコーヒーでも ご馳走させてくれませんか?」

「そ、そんな。大した事じゃないです。それに、僕急がなきゃ、いけなくて・・ ・」

「そうですか。残念ですが無理は言えませんね。本当にありがとうございました 」

「いえ。じゃ、あの、さよなら」

名残惜しくないと言えば嘘になる。

けれど、だから何と出来る訳もなく、理緒は彼の眼差しから逃げるように踵を返 した。

誘いに乗ってしまいたい、という誘惑も脳裏を過ぎったがそれと同時に理緒の帰 りを待つ小さな子供達の顔も思い出さされた。

自分だけが遊んでいる暇など、厄介者という意識の強い理緒にはない。

何故か再び鳴って今度は鳴り止まない胸の鼓動を抱え、理緒は疲れてしまう事も考えられず小走りに坂を下って行ったのだった。