三城×幸田・出会い編・14



幸田は壁を見ながらゆっくりと話をし始めた。

「事故があった日、僕は凄く酔ってたんですよ。だから轢かれちゃったんですけどね。アレね、恥ずかしい話し自棄酒だったんですよね、失恋の」

それには三城は酷く驚いた。

あまり深い付き合いでなくとも、幸田の人となりを見る限り普段から自己管理が出来なくなるほど飲むタイプには見えない。

そのため「自棄酒」自体には納得した。

だが、この綺麗な男が振られるなんて。

もちろん、いくら外見が良くても中身が最低な奴とは長くは続かないだろうが、幸田はそこまで癖のあるタイプとも思えない。

欲目も多少は入っているのだろうが。

三城の驚きを感じただろう幸田は目を眇めて、わざとらしいほど明るく言った。

「結婚、するんですって。でも別れたくは無い。関係はこのまま続けてくれ、と言われました。だから失恋って言うのも御幣があるかもしれませんね。」

なんとも勝手な話しだ。

乾いた笑いは無理をしている以外の何物でもなく、ふと幸田の表情から笑みが消えた。

遠くを見つめるような顔をし、真面目な口調で小さく呟く。

「だから、言ってやったんです、馬鹿にするなって。それで彼とは別れて一人で飲み始めて。気がついたらあんなに酔っ払ってて」

「、、、そうか」

それが先日のあの男なのだろう。

苦い思い出をこれ以上幸田に話させるのは酷な気がした。

それなのに、「もういい」と三城が言えないのは、知りたいと思う気持ちが強いからだろう。

知って、それを癒したいとでも思っているのか。

どんなヒーロー気取りだよ、と自分を呆れながらも、今の三城には自分自身の事を客観的に見れなかった。

そんな三城の思いを知ってか知らずか、幸田は続けた。

「解ったとは思いますが、それがこないだの男の人です。浩二【こうじ】って言うんですけど。あの日から連絡つかなくなったから心配して、予備校に電話したら事故の事知って来たらしいです。」

一ヶ月以上経ってからかよ、との三城の悪態は発せれなかった。

「ここまで何しに来たかのと思ったら、また、結婚するけど別れたくはない、って言われて。勝手すぎるって、どうしても別れるって言ったら、、、」

それまで、ゆっくりながらに途切れなく、こんなに雄弁だったかと驚くほど三城に口を挟む梳きすら与えず話していた幸田の言葉がピタリと止まった。

静か過ぎる室内に、遠くからの物音だけが聞こえる。

真っ直ぐ正面を向けていた顔を下げ、それこそ泣いているように細い肩を震わせた。

「そしたら、もう他の男が出来たのかって言い始めて。違うって言っても信じなくて、色々罵声を浴びせられて、、」

そんな話をしている時に三城が登場したのだろう。

そりゃ、「新しい男」と思われても仕方が無いな、と、天井を仰いだ。

結局三城のタイミングはこの上なく悪かったらしい。

いろいろな罵声というのは、男女間と男同士では違うのかもしれないが、別れが拗れたからといって何を言ってもいい訳はない。

幸田の姿を(贔屓目を踏まえてだが)見ると、言っていい事の限度を越えていたのだろう。

「で、それでもなんとか耐えたんですよ。元々口の達者な人でしたし。でも、今日たまたま三城さんの名刺が目に入って、、、そしたらなんだか急に堪らなくなってしまって。」

だから電話をしてしまった、と照れながら謝罪も口にした。

こんな時なのに、三城にはそんな幸田の姿がとても綺麗に写った。

「ほんと、こんな時間に来てくれるなんて露ほども思いませんでした。ただでさえゲイって事で気持ち悪がられてると思ったし。」

「そんな事は全く考えなかった」

幸田の言葉を遮るように、咄嗟に三城は強い口調で言った。

もちろん本心からだ。

同性愛について考えた事はなかったが、考えても嫌悪は感じなかった。

ましてやそれが幸田だと思うと、嬉しくすら思う。

今度は幸田が驚いた顔をする番だ。

「ははは、、、こんな時間に来て、そんな事言って、女の人なら勘違いしちゃいますよ?」

冗談まじりに意味を探ったつもりなのだろうが、幸田の声は強張り表情も硬くなって緊張が伝わってくる。

「男なら勘違いはしないのか?」

二人の間に置かれた手を、三城は僅かに動かしてほんの少し触れ合わせた。

たったそれだけの事で鼓動はドクドクと高鳴る。

真っ直ぐに見詰め合う瞳にも熱が宿っているかもしれないが、こんな暗がりでは解らない。

「お前は、俺が好きなんだろ?だから電話をかけてきたんじゃないのか?」

少し前時代的な所のある幸田の事だ、慰めが欲しいだけなら時間や人を選ぶだろう。

名刺があったから電話した、だけでは説得力にかける。

「、、、」

幸田は返事をしなかった。

けれど三城の確信は揺るがない。

「違うのか?」

「軽蔑しますか?」

それは酷く自虐的な肯定だった。

「あぁ。お前じゃなかったらな」

ニヤリと口角をあげる三城に、幸田は呆けたような顔で不思議そうに首を傾げた。

「え?」

意味が理解出来ていないようだ。

そう頭が悪い訳でもないので、ただ思考がついていかないのだろう。

「俺はゲイじゃない。それでもいいなら、、、な」

「それは、どういう、、、」

黙らせるように三城は幸田の顎に指をかけてそっと上を向けさせた。

幸田は口を閉ざしたが、その後何が待ち受けているのかを察し、挙動不審に視線を彷徨わせた。

何かを迷っているようにも見える。

それに構う事無く、三城は幸田の唇に唇を重ねた。

幸田が息を呑み、肩をビクンと震わせたのを感じたが、拒絶はされない。

唇は女よりも硬かったがとても心地よく、月明かりの中、触れ合うだけのそれは暫く続いた。



 
*目次*