三城×幸田・出会い編



三城が椅子に座ると、幸田はおもむろに唇を開いた。

「今回は、ご迷惑をおかけしました」

相変わらず口元に笑みを浮かべて軽く頭を下げる。

この男は今回の事故についてどう思っているのだろうと三城は思った。

自分に非があるとは思っているようだが、社会常識として車と人の事故ならば車側が圧倒的に不利なのだ。

酔っ払い相手だとしても何処まで融通がきくのか。

考えていた三城は眉間に皺でも寄っていたのだろう。

幸田は目を細め、ゆっくりとした口調で言った。

「もちろんですが、治療費も慰謝料も一切いりません。」

それには三城も驚いた。

皺を寄せていた目元を瞬時に見開き、変な物でも見るように幸田を見つめる。

実は信号は赤だった、とか、車のスピードが速度違反だ、とか。

いわゆる「いちゃもん」とまでは言わなくても、多少なりゴネられる事は覚悟していたのだ。

真面目そうな面持ちに酒臭をさせる男。

どちらの顔を信じていいのか解らない。

「そうですか、、、、」

なんとか紡ぎだした言葉は何処か他人のモノのように思えた。

だが続けられた幸田の言葉に三城は更に言葉を失う事になる。

「そのかわり、僕の世話をしてはくれませんか?」

「、、、は?」

再び眉間に皺を寄せ、胡散臭そうに幸田を見た。

「僕、家族とか親戚とか居ないんです。だから、たまに来てちょっとしたお使いとかしてくれたら嬉しいなって」

こんなに図々しい男だとは思わなかった。

なんなんだコイツは。

見た目と行動と言動がアンバランスすぎる。

「申し訳ありませんが、私の帰宅は深夜になる事が多いので無理かと」

首を軽く左右に振りながら、当然のように三城は言ったが、こんな遠まわしな言い方しか出来ない今の自分を情けなく思う。

話しは終わったとばかりに三城はパイプ椅子から立ち上がり幸田に背を向けた。

早くここから離れたい。

「そう、ですよね」

それでも幸田があまりに簡単に引き下がったので、また三城は驚いてしまい思わず振り返っていた。

ベッドの上から三城を見上げてくる視線は、今まで見たどれよりも寂しげなものだった。

何なんだこの男は。

通算何度目になるのだろう言葉を内心呟き、幸田を見返した。

女や子供や猫や犬がどんな顔をしたって、自分の意思を曲げた事はない。

ましてや男なんて論外だ。

それなのに、この罪悪感はなんだろう。

自分は加害者だが実質は被害者と言ってもいいと思っている。

明日もあるから早く帰りたい。

こんな要領をつかめない男になんて引っかかっていたくなどない。

思いは強くあるのに、幸田から視線を外す事が出来ず、帰るんだと思っても足が動かなかった。

「金を渡すから人でも雇え」と喉元までこみ上げた言葉を発する事が出来ない。

固まったような今の自分を、この男は何を思って見ているのだろうか。

暫しの沈黙の後やっと視線を外した三城が口にした言葉は、発した本人すら驚くものだった。

「なので、不定期でよければ。」

何が「なので」だ、と珍しく自分に突っ込みを入れ、三城は諦めたようなため息を漏らした。

先の言葉はあれで終わりだったはずだ。

「なので」などと続ける予定は全くなかった。

この男と話していると調子が狂う。

チラリと見やった幸田もまた、驚いた顔をしていた。

当てにはしてなかったのだろう。

しかしそれはすぐに笑みに変わり、嬉しそうな静かな声で言った。

「ありがとうございます」

上品に微笑まれた極上の笑みに、三城はまたため息を漏らしたのだった。



 
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