画面の向こうの・・・編・05



手洗いに立った綾も美咲も戻らない。

それはそれで有り難いが、しかしだからと言ってこの場が盛り上がる訳ではない。

少なくとも三城にとっては重苦しい空気が大して会話も弾まないまま流れていると、程なくして田町もテーブルに手をついた。

「すみません、お食事中に。私も少々手洗いに・・・」

「どうぞどうぞ、お気遣いなく。まだフルーツとデザートが続きますから」

「慣れないコース料理は困りますなぁ」

脳天気に笑う田町に眉間に皺が寄る。

それをワイングラスで隠していると、三城に構う事なく彼は会釈をしてテーブルを離れた。

手荒いのある角はテーブルから見え、そこに田町が消えて綾と美咲の姿もまだないのを確認するなり、三城は大きくため息をついた。

『レイズ、どういうつもりだ』

『どういう?何の話しだ?私はただ・・・』

『ただ、善意と好意で此処に居るとでも言うのか?』

声を潜め、言語を変え、そうして傍らのクラインに詰め寄ったが、しかし等のクラインは平然と三城を見返した。

英語ではなくドイツ語を選んだのも、より他者に聞き取られ難くする為だ。

それにクラインが乗ってくれた自体は幸いだが、意図の先の意味を答える気がなければ無意味である。

『善意と好意だけではない。私自身の興味もある』

『興味?まさかあのタレントの女か?』

『女性?あぁ、違うに決まっているだろ。私には直哉が居る』

『だろうな。なら何故此処にいる。いや、お前が何処に行き何をしようが俺の知ったところじゃない。だから巻き込むな』

勝手に何かをして何処かへ行けば良い。

三城の望みとしてはその程度、しいて加えるならば勤務時間に戻り、北原も返してもらうのが最低条件だ。

だが、唸る三城の一方でやはりクラインは飄々とするばかりである。

ナプキンで口を拭う仕草一つとっても様になる彼は、ふと横目で三城を見やり口元を歪めた。

『仕方がない。ディレクターがハルミの同席を望んだんだ』

『田町が望んだのではなく、あの女達が望んだのを田町がお前に伝えただけだろ』

『どちらでも望みは同じだろう』

『あぁ、そうだな。だがそれは俺が巻き込まれている理由にも、お前が勝手に了承をした理由にもならない』

『そうかもしれないね。私とハルミの間は対等でありたいと日頃から考えている。だからあまりこのような事はしたくはなかったが仕方がない、なら別の言い方をしよう』

『何が言いたい』

『「支社長命令」、私の都合にハルミを巻き込んだ理由だ』

「・・・それも、理由とは言わないだろ」

日本語の呟きは独り言だ。

もう言及する気も萎えてしまい、頭を振った。

クラインにはクラインの考えがあるのだろうが、どう考えて理解出来そうになく、理解しようとも思わない。

ただただ、納得も同調も出来ず、故に協力的になろうとも少しも思えなかった。

『・・・帰らせてくれ』

「まだフルーツもコーヒーもデザートもまだだ」

『俺は構わない』

「失礼だ」

『だからなんだ』

一瞬、三城とクラインの間に沈黙が訪れる。

視線が絡み合い、鋭くなってゆく。

そうして、先に口を開いたのはクラインであった。

「そういえば、オフィスを出る直前にハルミは部屋を離れただろ」

「だからなんだ」

「その時、ハルミに電話があり直哉が取ったんだ」

「・・・」

「アメリカ本社との電話会議を明日の朝にするか、週明け一番の朝にするか、という質問だったらしくて、私が直哉に、ハルミに伝えておくと言った」

「俺は聞いていないし、北原は伝言を他人に頼むような人間じゃない」

「あぁ、直哉も渋った。だが、ハルミが戻って直ぐに社を出なくてはならなかっただろう。私は他人だが、日本支社の最高責任者でもある」

「・・・・」

じっとりと、クラインを睨みつける。

きっと本心を隠した笑みで、北原に良いように言ったのだろう。

これがただの恋人ならば北原も頼らなかった筈だ。

そう思いたい。

だがそれ以前にクラインは、彼も言うように日本支社のトップで、上司の命令は絶対だという程度には北原もまた日本人の気質をしっかりと持っている。

胡乱な眼差しを浮かべる三城に、クラインは形良く微笑んだ。

それは、恭一には絶対に見せたくない程日本人には成し得ない美麗さがあった。

『私が一言、ハルミは明日の朝を望んでいると直哉に伝えればハルミは明日の朝出社しなければならない』

「そんなもの、俺が直接北原に週明けにと伝えれば良い事だ」

『生憎だが、明日の朝まで直哉の携帯電話は通じない』

「どういう事だ」

『直哉は携帯電話の充電が切れたうえに、充電器を自宅に忘れてきたと言っていた。今晩は私の家に泊まるので明日購入しに行こうと話していたところだ。ハルミからの伝言は私が伝えて帰る。どうする?』

携帯電話の充電器は、コンビニエンスストアでも売ってる。

クラインはそれを知らないのか、わざと触れなかったのか、問うのも馬鹿らしくなっていく。

「・・・最後まで付き合えば良いんだろ。ただし此処までだ。デザートまで終わったら俺は何があっても帰るからな。明日も休む」

『分かっているよ。キョウイチにまた四人で食事をしようと伝えておいてくれ。ありがとう、ハルミ。とても感謝しているよ』

上司と部下と家族ぐるみのつきあいなど絶対に御免だ。

一年と二ヶ月でも前ならば、きっと今のような判断をしないし、北原を無責任だと責めていたかもしれない。

けれどどうやら、随分と甘くなったようだ。

依然意図の知れないクラインはいつになく強引で、違和感は拭えない。

だがその理由を知りたいとはやはり微塵も思わず、諦めばかりが浮かんでゆく。

すると間もなくして、席を外していた三者が戻ったのだった。
  
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