画面の向こうの・・・編・10



週末は大きな出来事はなかったものの、非常に有意義に過ごせた。

土曜は恭一とランチに出かけ、夜は彼の手料理を楽しみ、日曜のブランチも恭一の手料理で、ディナーは以前より目をつけていたレストランへ足を運んだ。

そして心行くまで恭一を得た。

セックスはもちろんながら、ただテレビを見ている時も、風呂の時も、暇さえあれば恭一を構っていた気がする。

一応は趣味だと思っていた外貨取引も片手間に行ってはみたけれど、それは本当に「片手間」という気持ちでしかない。

平日は散々に仕事をしているのだ。

休日くらい、心行くまで恭一に触れたところで誰に何を言われる筋合いもない。

当の恭一はと言えば、彼もまんざらでもないようで特別な反論もないままに隣に居た。

「三城副支社長、どうぞ」

「あぁ。後の予定はどうなっていた」

「十六時から役員会議、十七時からイタリアのポルタ社と電話会議となっています」

北原が運んできたコーヒーカップに手を伸ばし、ふと見た机上のデジタル時計は午後二時を示していた。

やる気に満ちた月曜日。

表情にこそ出さなくとも、機嫌が良いまま今まで過ごしている。

機嫌の良さはそのまま仕事の効率にも反映するようで、部下の些細なミスも然程気にならなかった。

昼食も恭一の手作り弁当。

今日恭一は学校へ行かないらしく三城の為だけに作ったと言っていたが、その気持ちや、一人分故の手の込んだメニューに心踊った。

口にした北原のコーヒーはいつもと変わらず旨い。

スケジュール管理や細かな気配りも去ることながら、このコーヒー一杯も十分に彼を手放したくない理由だ。

「役員会議な・・・俺は居なくても良いんじゃないのか。どうせレイズの采配だ」

「ですが、他の役員は三城副支社長の賛同に納得します。クライン支社長単独の意見ではいずれは不満が出るかと」

「・・・それもお前の意見だと思っておくよ」

「私の本心と、事実です」

北原は本来おべんちゃらを言う人間ではないし、それを上手く使える人間でもない。

だが彼と日本支社のトップが繋がっていると知っている以上、誉め言葉を素直に受け取るのも愚かしく考えてしまう。

もっとも、元より人の賛辞に感情を左右される場面は極めて少なく、北原の言葉も半分以上聞き流しパソコンのモニターを眺めた。

役員会議まで後二時間。

それまでに画面に映し出されている案件を仕上げたいと画面に集中すると、数字もグラフも画面に映る物とは違った風に三城には見えた。

もっと明白な形に頭の中で浮かぶそれを眺め、時折キーボードを打ち込む。

そうしているとエグゼクティブデスクの端に置かれた固定電話が、唐突に着信に鳴った。

すかさず、盆を片手にした北原が受話器を取る。

それを一瞬横目で見ただけで、三城は興味もないと画面へ視線を戻した。

電話を取るのも、要件を聞くのも北原の仕事だ。

その中で三城に取り次ぐか否かを判断するのも北原の仕事で、彼の判断は信用をしている。

それだけの能力があり、評価もしている。

しかし、三城がキーボードへ指を向け、そこを叩くよりも早く、北原の淡々とした声が微かに驚きに揺れた。

「・・・高江様が、ですか?───はい、約束はありません。───三城副支社長にお伺いします───あの、副支社長」

緊張感のある北原の声音に、三城は首だけでそちらを向いた。

すっきりとした身振りで、受話器を耳から外すとマイクを手で押さえる。

大抵の事なら慌てずみっともない動作にならないところも、仕事のパートナーとしては好ましい一つだ。

「なんだ」

「エントランスへお客様がお越しのようです」

「アポイントは取っていないのだろ」

「はい」

アポイントなしの来客は不愉快だ。

だがそれを踏まえたうえで、それでも面会を望むなら応える時もある。

どこにどのようなきっかけがあるのか分からないので、自尊心は高くへりくだる事は嫌いだがルールばかりを尊重し頑なになる事も正しいとは考えていない。

会議まで後二時間。

それまでに行いたい仕事はあったが、後に回しても差し障りのない物だ。

「時間はあるな。用件は何だ。場合によっては・・・」

「それが」

「なんだ」

「それが、高江・・・高江美咲様と仰る方で」

「高江美咲?社名と部署は何だ」

「コーワプロダクションの、タレントだと」

「は?・・・、・・・この間の、アレか?」

ぞんざいな言い草に北原は言葉を返さなかったが、無意識か意図的であるのか彼は薄く頷いた。

記憶力に自信はある。

だがそれは、己にとって必要な物に対してだけだ。

すぐに思い出せなかったのは、それだけ三城にとって不要な存在だからだろう。

先日取材とレストランに共にした程度のタレントなど、覚えておく必要性はなかった。

北原の動揺の理由も自然と想像がつく。

直接の関わり合いはなくても、彼もまた先日の一幕に不愉快な思いを抱いていた一人だ。

「如何、なされますか?」

「エントランスへ来ているのか?」

「はい。お一人で受付にお越しとの事です」

「会う理由はない・・・が」

一時的に知名度を保っているだけのタレントなど、立場を尊重する理由にはならない。

彼女に良い顔をする理由にもならず、無視をするのも一つだ。

「・・・このまま帰したところで、また来るだろう」

先日の会食での三城の対応にも懲りずに此処までやってきた。

鋼の心臓なのか、単なる鈍感か。

どちらにせよ、今伝言で、そうでなくても電話越しで拒絶をみせたところで通じるとは思えない。

不愉快で、面倒だ。

むしろ、だからこその感情を伝えたいとも考え、ため息交じりに呟いた三城に、北原は短く了承を伝えると受話器を握り直したのだった。




  
*目次*