画面の向こうの・・・編・11



来客と面会する場合、いくつかの選択肢がある。

三城にとって重要な人物は必ず、そうでなくても様子を伺うべき相手は自身の執務室に通す。

取引相手として発展途上で、まだ信頼にあたらずこの先も不明確な場合、数階下に設けられている応接室を使用する。

価値が感じられずこちらのテリトリーに一切入れる気がない場合は、それを伝える意図と共に、空いている中でもっとも狭い会議室を選ぶ。

そして、今がまさにそれだ。

「三城副支社長、お連れいたしました」

「あぁ」

支社長室と副支社長室のある最上階フロアから数階下の役員執務室や応接室の更に下、会議室が並ぶフロアの最も手前のグループ用会議室。

楕円のドーナツ状テーブルの周りに椅子が六つ並ぶだけの部屋で、三城は手前の椅子にさも不機嫌そうに腰掛けていた。

北原にフロントまで美咲を迎えに行かせ先にこの部屋に来ていたが、手持ちぶさたにタブレッド型パソコンを弄っていても、それすら時間の無駄にしか思えない。

ふと顔を上げると、北原はいつもと変わらず感情を感じさせない面もちであったが、身に纏う雰囲気は鋭い印象があった。

「こんにちは。ごめんなさい、押し掛けちゃって」

北原の支える扉から、長い巻髪が視界に映る。

高い声音でゆっくりと話す美咲は、先日と同じ作ったような笑みを浮かべていた。

服装も似たり寄ったりで、ピンクの淡い色味のキャミソールとピンク色のミニスカートにヒールの高いミュール。

夏の定番だという格好で、やはり秀でた物は感じられない。

口では謝罪を告げてみても、それは口先だけなのだろう。

悪びれもしない笑みがいっそ苛立ちを募らせる。

本来ならばこの程度のタレントなどつき返して良かったが、そうと出来なかったのは、先日テレビの取材があった事も、その中に美咲が居た事も社員の多くが知っているからだ。

美咲が三城と面識があると知られているどころか、その後に打ち上げという名の食事会に出かけた事も、決してひっそりと動けなかったので知るところだろう。

フロントに来ただけで社員らの注目を集め、少なくとも受け付けの女性社員らには美咲の目的を知られているので、安易な行動には出られなかった。

他者にどのような評判を立てられても構わないと思っている。

だが、今を思いきれないのは、チラチラと今は自宅に居るだろう面持が脳裏を掠めてしまうからだ。

本心としては、弱味でも握りつき返すのが一番だと思う。

しかし人の弱味など簡単に掴めるものではなく、だからこそ価値がある。

口元に笑み一つ浮かべない三城は、美咲を眺めたまま視線を外さなかった。

「用件はなんだ」

「会いたくて」

「仕事中だ」

「今日は何時に終わられますか?待ってます」

「答える義務はないし、迷惑だ」

単刀直入な三城に、けれど美咲も動じない。

先日のレストランでの一件にしても決して親密深かった訳ではないのだから、ある程度の覚悟の上で来ているのだろう。

会議室の扉は閉まり、その前に北原が立っている。

美咲は入って来た時と同じ笑みを浮かべたままであったが、それが一層奇妙だ。

「何を考えているのか知らんが、迷惑だ。お前も世間に知られたら困るんじゃないのか?」

「困りません、貴方となら」

「俺は困る。社内に妙な噂を流されるだけでも迷惑をしている。好意を持たれたいと思うなら自分の行動を改めるべきだな」

もっとも、先日にしても今回にしても「何をされたか」が重要なのではなく、「誰がしたのか」だけが問題で、三城の中には「恭一」か「それ以外の人間か」の二択しか存在しない。

相手が美咲ならば、たとえどのような手順を踏まれても好意を持つ事はないと言い切れる。

もしくは別の言い方をするならば、恭一を裏切っても良いと思える程の人間が現れるならばそれは人生を左右する大事で、いっそ会ってみたいものだ。

暖か味の欠片もない三城に、それまで笑みを崩さなかった美咲がほんの一瞬呆けてみせた。

「好意を持たれる、ですか」

「仕事中に突然押しかけられ喜ぶはずがないだろ。それが自分だからだと思うならとんだ自惚れだな」

「でも、あの日連絡先を教えてくれなかったし、お仕事終わる時間じゃ帰ってるかもしれないじゃないですか。受け付け嬢さんも教えてくれなかったし」

「連絡先を教えなかったのも答えの一つだ。うちの社員が安易に個人情報を流す訳ないだろ」

美咲が、睫を瞬かせ三城を上目に眺める。

それを三城がどう受け取ると考えているのかは知れないが、少なくとも三城は心情を一ミリも動かされない。

「帰れ。二度と来るな」

「なら、いつ会ってくれますか?」

「俺にはお前と会う理由など一切ない。会わない理由ならいくらでもある」

握り締めていた左手を、そっと指の力を解く。

先日もそこに嵌められていた指輪は、今日も変わらずに存在する。

「だいたい俺には───」

「だっ、だったら。ブログにある事ない事書くから」

「書けば良い。何の為にそこに北原を居させてると思っている。俺の潔白の承認は居るし、会話程度、録音済みだ」

「えっ・・・」

「当たり前だ。お前の発信力だけは、俺は敵わないだろうからな」

美咲が咄嗟に振り返る。

扉の前に立つ北原の手には予め預けいた三城の私物のスマートフォン。

そして、画面は録音中となっている。

今の世の中便利な物で、特別な機械など無くともスマートフォン一つで長時間の音声の録音が可能だ。

その性能はたかが知れるが、実際に鮮明な録音など必要ない。

ようは、相手にそれを見せつければ良いだけだ。

始終笑みを浮かべていた美咲が、ようやく表情を変えた。

苦虫を噛み潰したようなそれが、一番人間らしく見えたのだった。



  
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