画面の向こうの・・・編・12



長く感じた夏休みも後数日で終わりを迎える。

それまでに仕上げたい仕事はまだいくつも残っており、恭一はダイニングテーブルに広げたノートパソコンを前に深いため息を吐き出した。

出勤する必要があれば学校に出向いているが、自宅で出来る事は自宅でおこなっている。

一応はクラブ顧問もしているのでその関係で学校にも行ったが、元よりお飾りの「顧問」の為鍵を開ける手はずさえ整えて置けば恭一自身は必要とされていない。

担任も持たないので、授業の準備だけを整えればいいだけだ。

しかしその「だけ」が、新米としてはなかなかに上手くいかない。

要領が悪いのだろうか。

そのうえ、夏休みが始まった時からこつこつとこなしてきたつもりだったが、虫垂炎になり入院や療養を余儀なくされたのが予想以上に響いているようだ。

「今日中にこれ仕上がるかな・・・」

一人きりの家で仕事をするのは良い面もあれば悪い面もある。

むしろ良い面は背中合わせで悪い面である場合が多い。

最たるは時間の感覚で、三城を見送るまでは良かったが以降一度も時計を見なかった。

掃除や洗濯を手早く済ませ、自室ではなく開放的なリビングルームに資料とノートパソコンを広げて仕事を始めると、余程集中をしていたのだろう。

淹れたまま二口程度しか飲まなかったコーヒーはすっかりと冷め、ハッとした時には正午を何時間も過ぎていた。

「休憩がてら昼ご飯食べよう・・・あっちだな」

椅子に座った方がやりやすいとダイニングテーブルを選んだ為、二人用にしては広い筈のそこは今やコーヒーカップ一つ分の隙間しかない程書類や本やノートで埋め尽くされている。

作ったばかりのデータを保存したのを確認し、キッチンに向かった恭一は迷わず冷蔵庫を開けた。

朝起きて弁当を作るのは全く苦ではないが、一人きりの食事、特に昼食を作るのはなんとも面倒だ。

その為、平日の昼間の恭一の昼食はもっぱら、弁当のおかずを多めに作っておいた物となっている。

弁当箱に居れる事なく、適当に皿に乗せラップをかけていた物をレンジにかけ、白米だけは炊飯器に入ったままの物をよそう。

細長いガラス製のグラス八分目まで麦茶を注ぎ、二往復をして簡単な昼食を置き場のないダイニングではなくテレビの前のセンターテーブルへと運んだ。

ソファーの前のマットの上に座ると、何気なくテレビをつけて箸を手に取った。

「今日も春海さん、帰ってくるの遅いのかな・・・」

ここ最近の彼は深夜を回る程帰宅が遅いわけではないが、到底早いとも言えない時間だ。

とはいえ疲れは貯まっているようで、機嫌が悪い日が多かった。

恭一に実害がないと言えばそうなのだが、それが続くとあまり楽しいものでもない。

弁当の具の定番、卵焼きを箸で摘む。

ずぶんと焦げが少なく作れるようになったそれを口に放り込むと、可もなく不可もなく、もはや食べ慣れた自作の卵焼きの味だ。

恭一の夏休みが終わるまでにもう一度出かけたいと話していたのはいつだっただろうか。

遠くでなくて良いので泊まりがけで出かけたい、そうすればレストランに行って、珍しいアルコールを飲んで、と三城が話していたのを聞くだけでも胸が躍った。

しかし具体的な予定など何も立たないままだ。

「もう無理かなぁ・・・春海さんそろそろ出張も───」

あるかもしれない、という独り言は、唇にあがる事なく飲み込んだ。

否、唇が動かなくなり、息を呑んだというのが正確だ。

「・・・え?」

ただ、何気なくつけていただけのテレビ。

見るともなく、一人きりの昼食のBGM代わりだったそこからある筈のない物が目に映ると、恭一は口を半開きにして固まった。

「なんで?え?」

生放送の昼の情報番組。

スタジオの中央に設置された大型液晶が、テレビ一杯に表示されている。

アナウンサーらしき男性の声が冗談めかした声を弾ませ情報を伝えるそこには───どこからどう見ても、三城の写真が表示されていた。

正確に言うならば、三城の写真が掲載されたブログが表示されている。

唖然とする以外に何も出来ず、恭一は画面を食い入った。

『昨晩、人気タレントの美咲さんのブログに投稿されたエントリーだそうです。バラエティー番組の出演も多く見ない日などない美咲さんですが、恋愛報道は初めてですね』

『恋愛報道っていうか、自己告白だけどね。いきなりどうしたんだろね。普段からこういう事書いてんの?』

ピンク色の枠に、本人の顔写真とブログタイトル。

その下に白く取られた投稿スペースにいっぱいの写真と、その下にエントリー記事。

何度瞬きをしても、その写真は三城にしか見えない。

背景はオフィスだろうか。

隙はあまり感じられないが、カメラを気にしている素振りもなく写真に写されていない遠くを見ている三城は、ここ最近よく見る不機嫌そのものの顔をしていた。

『いえ、出演者の芸能人についても個人的な意見を書く事は少なくて、それだけに注目されてるんですよ』

『ドラマの番宣とかじゃないの?この人も俳優かなにかで』

『本人の投稿によると、某大企業の経営陣の一人だと───』

「・・・春海さん、だよね?でも・・・なんで?」

恭一の独り言など当然のように返答は返ってこない。

それを後押しするように、テレビ番組の報道も違う物へと変わっていく。

人気アイドルグループのコンサート風景が映し出されると、恭一は無意識のうちに身体が動き、アスパラの豚肉巻きを口へ運んだ。


  
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