画面の向こうの・・・編・13



頭の中に靄がかかる。

何に疑問に感じているのかと言えば、全てだ。

三城からは何も聞いていない。

美咲は頻繁にテレビ出演をしている人気タレントで、恭一の感覚から言えばその彼女と会ったならそれだけでも伝えるだろう。

だが三城も同じくだとは、残念ながら言い切れないところがある。

国内外で様々な企業のパーティーやコンベンションにも出席しているらしく、恭一が過去何度か顔を除かせただけでも大層な美女が大勢いた。

中には女優や歌手や有名人も居たようで、三城にとってそれは然程重大な事ではないのかもしれない。

ありふれた数学教師でしかない恭一にはその感覚一つ取っても不思議だ。

「あれって、オフィスかな?・・・僕、行った事ないのに。どんななんだろ」

味も分からなくなった総菜を口へ放り込む。

白米を食べ、茶を飲み、頭どころか耳にも入らないテレビを目に映す。

手元に置いた、入院中から使用を始めもはやメインとなった三城と揃いのスマートフォンがふと目に入った。

租借をしながらそれを眺めてみても、すぐに手を伸ばそうと思わない。

胸がざわざわと鳴っているのも事実だが、けれど妙に冷静で居る自分もある。

卵焼きを食べ、茶碗の中の最後の一口を口にする。

麦茶を喉に流し込み全ての皿もコップも空になると、それらを重ねて立ち上がった。

「春海さん、帰り遅いかな。・・・さっきの、知ってるのかな」

テレビは見ていなくても、あの三城の事だネットニュースか何かで知っているだろう。

そうでなくても社内の誰かに何かを言われている可能性も大きい。

何を言われても動揺一つしない三城の、いっそ不機嫌そうな顔を脳裏に描くと、恭一はシンクに重ねた皿を置き、食器洗浄機の中から洗ったばかりのマグカップを取り出した。

三城と居る時は彼がウォータードリップ でコーヒーを淹れてくれるが、恭一一人の時は大抵インスタントコーヒーだ。

気が向いた時はペーパードリップで淹れる時もあったが、三城が購入してくる物はインスタントコーヒー一つとっても恭一が買ってくる物とは雲泥の差でとても旨い。

目分量で淹れた粉に電気ポットから湯を注ぐ。

牛乳とスティックシュガーで彩ると、スプーンで一混ぜしたそれを手に本やノートで埋め尽くされたダイニングテーブルへと戻った。

「あ、携帯・・・ま、いっか」

先ほどは食器を持つのに両手が塞がっていたので置いてきてしまった携帯電話は、センターテーブルの上だ。

けれど一旦座ってしまうと立ち上がる気にならない。

こうして自宅に居る時は携帯電話を放置してしまう時も多く、三城に怒られる場面も多々だ。

それでも直らないのは、こちらに持ってきても置き場が無く邪魔な上に、今すぐ使わないからだろう。

淹れたてで湯気をあげるカップに口づける。

口を付けたところで熱さからろくに飲めもせず、スクリーンセイバーとなっていた画面を起こした。

「えっと、どこまでやったっけ・・・」

右手でマウスを握り画面を眺めたが、計算は好きでもただの数字の羅列が好きなわけではない。

足すわけでも引くわけでもない数字がずらりといくつも並んだ表を眺め、つい眉間に皺が寄る。

ただ教科を教えれば良いのか教師ではない。

当然のように分かっていたし予備校時代にも経験のあるが、それでも高校教師としてとなるとまた違った気の重さもある。

だからだろうか。

自分で入力をした数字を眺めていた恭一は、無意識の内に、画面の下に折り畳んでいたインターネットブラウザをクリックしていた。

「えっと・・・名前だけで出てくるかな・・・ブログのタイトルちゃんと見てなかったなぁ・・・あ、出た」

キーボードを叩きエンターキーを押す。

そうしてすぐに出てきたリンクをクリックすると、先ほどテレビで見たばかりのフレームがノートパソコンの画面に表示された。

ピンク色のフレームに、ブログタイトル。

笑みを浮かべた美咲の写真に出迎えられたそれに、静かに胸が鳴る。

何故見てみようと思ったのか、明確な理由はない。

ただの興味本位であるし、それ以上でもそれ以下でもなく、言うなれば野次馬根性だ。

画面をスクロールすると、そうして現れた最新のエントリーにテレビで見たのと同じ三城の写真がそこにあった。

「やっぱり、春海さんだ。それに・・・」

写真の下のパステルピンクの丸い文字。

そこにはテレビのアナウンサーも言っていた通りに「某大企業の経営陣」と書かれている。

名前や明白な役職は書かれていない。

そして三城についても、どのような関係であるなどとは一切なかった。

ただ、その下。

ポップな書体のそれで記されているので、いかにも弾んだ印象があった。

『お仕事でご一緒しました。大人の男、って感じで惹かれちゃいます』

『何をしてもクール。今まで美咲のまわりに居なかったタイプ』

『一緒にお食事に行ったのも楽しかった。あ、他の人ともいっしょですよ?』

「・・・食事、行ったんだ。聞いてない、けど・・・春海さんだしな」

たった数行の文面に、何度も視線が這う。

「食事にいった」「大人の男」「お仕事でご一緒」

一言一言に目が行ったけれど、どれをとっても熱くなる感情は起こらない。

とはいえ冷め切った何かに支配される事もなく、かといってそこから目が離せずにいる。

自分の気持ちの分析はどうにも苦手で、胸の中にある靄がかったものを言葉として言い表せそうにはない。

その画面を見ていたいとは言えないが、見たくない理由はどこから来るのだろうか。

手にマグカップを持っていたと思い出し、瞼を閉ざすとコーヒーを口へ運んだ。



  
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