画面の向こうの・・・編・14



三城は常から仕事の話を殆どしない。

出張に行くと言っても、こちらから聞かなければどこへ行くのか言わない程だ。

それは言いたくない訳でも、秘密主義という訳でもなく、三城にとって恭一に仕事の話をする必要性がないのだろう。

家で仕事をしている場面はよく目にするが、二人の関係に仕事を殆ど持ち込まない。

あるとするなら、数度恭一も参加したパーティーやコンベンションへの誘いくらいだ。

その為、仕事でおこなった食事会などの話を聞かされていないのは今だけではなかった。

美咲が居たから話さなかった、と考える方がいっそ三城らしくない。

そのうえもしも三城が自身に不都合な事をおこなうなら、絶対にバレないようにする筈だ。

このような記事を恭一が目にしている時点で、三城の実質的なかかわり合いは少ないのだろうと、どことなく思えた。

そして何より、三城を信じている。

互いの左手に今日も光指輪は、ただの飾りなどではない。

しかしそうは思っても胸の中は簡単にはすっきりとしなかった。

「・・・なんだろ、この気持ち」

インターネットブラウザを閉じる。

ピンク色の画面がなくなりその下から現れたのは無機質なばかりの数字の羅列。

足すでも引くでもないその数字は、恭一を楽しませてくれはしない。

ノートパソコンのモニターを眺めても目には何も映らず、集中して仕上げてしまわなければと思う一方で何度見ても頭には入ってこなかった。

もしもこれが流れ作業の採点であったり、自分自身が問題を解くとなら出来たのかもしれないが、不慣れで得意でもない事柄がよりいっそう作業効率をさげていく。

時間の流れは非常に遅く、コーヒーの減りも遅い。

そうしてどれほどが経ったのか、あまりに進まない仕事っぷりにいっそパソコンをシャットダウンさせてしまおうかと思った頃だ。

不意に、離れたところからガタガタと物がぶつかる音が聞こえ、すぐに鈴の音のような音楽が聞こえた。

元から携帯電話に内蔵されている中で一番好みだった曲。

聞き慣れたそれをワンセット聞くと、恭一は弾かれたように立ち上がった。

「あ、春海さん」

唯一一人設定を変更している着信音は、それだけで相手が誰であるか明確だ。

立ち上がってソファーの向こう側を見ると、センターテーブルで携帯電話の画面が光っている。

もつれる足を賢明に前に出しそこへ目指し、それを手にするなり画面を見る事無く通話をタッチした。

「もしもし」

『また携帯を手元に置いてなかっただろ』

「ごめんなさい。机が、いっぱいで」

『何故携帯一つ置ける場所を作れない』

「・・・ごめんなさい」

開口一番に分かったのは、三城があからさまに不機嫌な事だ。

もしも通話をワンコールでとる事が出来ても、この不機嫌さは変わらなかったのだろう。

「あ、春海さん、どうしたのこんな時間に。・・・って今何時だ」

『五時だ。何だ、寝てたのか?』

「ち、違うよ。仕事してた。けど、あー、うん。時計見てなくて」

『そうか』

歯切れ悪く曖昧に濁す恭一に、それ以上三城は追求せずに言葉を切った。

たった数秒だが妙な沈黙が訪れる。

それを破ったのは三城だった。

『見たか?』

「え?何を?」

『ニュースだ』

「・・・あ」

どの、とは言われていないが、それで十分だ。

携帯電話を握りしめる。

二度唇を開閉させると、恭一は見えない相手に向かい頷いた。

「あの・・・見た、かな?」

『何故俺に聞く』

「えっと、春海さんが言ってるのと、一緒かなぁって」

『俺にあのつまらない件について全て説明しろと?』

「つまらない・・・」

『俺も大いに迷惑している。母さんからも兄さんからも・・・・』

三城の不機嫌の理由は、どちらかと言えばそこから来るようだ。

それが分かると客観視が出来、恭一は立ち尽くしていたところからソファーへと腰を下ろした。

「そっか。そうだよね」

『まぁ良い。そうか、恭一は見たか』

「うん、たまたま昼ご飯の時にテレビつけてたらワイドショーで」

あれほどザワついていた胸が、一つ話す毎に落ち着いていく。

決定的な言葉を避けても、非常に不機嫌だったとしても、三城からかかってきた電話一つでこうも変われるのだからお手軽なものだ。

『俺に聞きたい事はないのか?』

「え?聞きたいこと?」

『あぁ。ないなら良い』

「あーえっと、何で会ったの?美咲ちゃんと」

『テレビの取材だ。俺ではなくレイズのな』

「テレビの取材・・・なんてあったんだ・・・あぁ、それでオフィス」

『そうだ。特別知らせる事でもないだろ。あのすぐ前に北原が居たし、その先にはレイズも、他のテレビクルーも居た』

「へぇ」

一見当たり前のような名前を聞くと、会話がありふれたものになる。

ソファーに背を預け肩から力が抜けていき、今なら仕事もはかどりそうだった。

『それだけか?』

「えっと・・・うん。あ」

『なんだ』

「やっぱり美咲ちゃん、可愛かった?すごいね、芸能人と会うの」

『何が凄いものか。お前の方が余程綺麗だ』

「春海さん・・・はぐらかさなくても」

聞き慣れた筈の褒め言葉も、今は素直に受け取れない。

普段でも未だくすぐったさがあるけれど、人気タレントと比べる時点で世辞だ。

『はぐらしているものか。それより、今夜は暇だろ?』

「あ、うん」

『食事に行くぞ。今からどれぐらいで出られる?』

「新宿?それなら───」

『俺は飲むからタクシーで来い。帰りは俺の車を恭一が運転しろ』

「えぇ・・・春海さんの車?左ハンドルだし、高級車だし、僕あんまり・・・」

『大した距離じゃないだろ。いつものホテルのラウンジで待っていてくれ』

「あ、うん。分かった」

『じゃぁ、二時間後にな』

「うん」

一方的な言い分も、苛立ちを隠さない三城にも、嫌気がしない。

ワイドショーを見ていた時に宿っていた燻りを思えばどれも些細な事で、それよりも今は弾む気持ちすらあった。

通話の切られた携帯電話を握りしめる。

慌て立ち上がった恭一は、急いでパソコンをシャットダウンさせたのだった。



  
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