画面の向こうの・・・編・15



社会でも社内でも、地位が上がれば持たなければならない責任も自ずと多くなる。

それと平行し仕事量が増え、部下のミスすら「知らなかった」ではすまされなくなる。

だがそれは日常的に対処の出来る事柄で、切り抜ける事柄を用意しておけば良いだけだ。

それよりも、上り詰めたからこそ得た立場は利用してこそ価値がある。

曰く、大抵の事は自己責任なのだから仕事の采配もまた己の気分のままだ。

「少し遅れたか・・・」

つまらない噂が社内に満盈し、自身の執務室に籠もっていても必要があり訪れた社員も取引相手の目も痛かった。

さすがに常より三城の評価が高いだけあり北原は顔色一つ変えなかったが、それたただあの日のやりとりも全て目撃していたからというのも要因にあるだろう。

何一つ気にしたそぶりを見せず通常通りに仕事をこなしたが、それでも内面の苛立たしさは納めきれず、ふと気がついた時には北原を退出させプライベート用の携帯電話を握りしめていた。

「連絡はないが・・・待っているだろうな」

通い慣れたシティーホテルの駐車場に車を止め、エレベーターへ乗り込む。

恭一を呼びだしたのは、咄嗟に口をついた勢いだった。

どうしたところで三城のストレス発散は恭一へ向くようだ。

そのうえ、あのブログのエントリーを知っていたにも関わらず疑惑の一つも向けない恭一の声を聞いたので、何かが溢れ出すように止められなかった。

その時にようやく気がついた苛立ちの正体は、周囲ではなくただただ恭一の反応を気にしてだったようだ。

三城一人を乗せたエレベーターが地上へ到着する。

金とオレンジ色の明かりで満たされたエントランスを迷い無く進むと、何度と無く待ち合わせをしているラウンジで、今朝別れたばかりの横顔を見つけた。

丸いコーヒーテーブルにコーヒーカップが一つ。

三城が贈ったビジネス用よりもワンランク上のスーツを身につけた恭一につい頬が緩む。

昼間の出来事や馬鹿げたニュースなどどうでも良くなるなど、案外簡単だと自嘲に似た笑みが浮かんだ。

「恭一、悪い。遅くなった」

「あ、春海さん。ううん、僕が早く来ただけだから」

ウエイターの案内など待たずに恭一の元まで行くと、席につくことなく伝票を手にした。

コーヒーカップの中身は半分以下。

湯気の立たないそれは不要な物だ。

恭一の意見も聞かずに出口へと向かう三城に、彼もまた何も言わなかった。

「レストランもこのホテル?あ、そういえばどこかのホテルにお義兄さんのレストランが出来たって言ってなかったっけ?」

「らしいな。だが今は、あそこのグループと関わりたくない気分だ」

「え?何、それ」

「さぁな。今日は予約をする間もなかったから、とりあえず此処で良いだろ。それとも、行きたいところでもあるか?」

「ないよ」

一応恭一の意見を聞いてみる時もあるが、必ず即答でこれだ。

「食べたい物があるか」ならばまだ返答も違うやもしれないが、どちらにせよ伺いの言葉などポーズでしかない。

行き先どころかメニューも目星をつけており、当然のように三城が支払いを済ませ、迷いのない足取りで目当てのレストランへと通じるエレベーターへと向かった。

無人だったそこへ三城と恭一だけが乗ると、個室の密室は二人の距離を縮めてゆく。

「急に呼び出して悪かったな。夕食の準備をしてたんじゃないのか?」

「ううん、全然。ずっと時計も見ないで仕事してて、時間の感覚なかったんだ」

「そうか」

夕食へ誘う連絡をして二時間と少し。

それだけの時間が長かったのか短かったのか、その時の恭一の状況のすべては分からないが、見ている限り身なりも振る舞いも急いできた印象はなかった。

「タクシーで来ただろうな」

「うん、そうしたよ。なかなか捕まらなくて焦ったけど、早めに出てて正解だった」

「捕まえ・・・って恭一、流しのタクシー拾ったのか?」

「え?うん。マンションから大通りまで直ぐだし」

「自宅まで呼べば良いだろ。町中でもあるまいし、無駄な時間だ」

「でも、なんか悪い気がしちゃってさ。贅沢っていうか」

後半はまだしも、前半は意味すらまるで分からない。

それは誰に対する「悪い気」なのか、いくつかの選択肢は考える前に面倒だと消し去った。

恭一との感覚の差を感じる場面は多々あるし、合致している場面の方が少ない。

そこに嫌気がさすならばこの関係はとっくに終えているだろう。

「それぐらい、贅沢とは言わん」

「春海さんはそうかもしれないけど」

「もう少し俺との生活に慣れろ」

「慣れてない訳じゃ・・・関係あるのかなぁ・・・」

曖昧に呟きながら、恭一が首を傾げる。

具体的に詰め寄り言いくるめる事も出来るだろうが、三城が口を開くよりも前にエレベーターの扉が開いたので、それ以上は続ける気にはならなかった。

「まぁ良い。これからはタクシーは家まで呼べ。番号なら後で教える」

「うん。でも、そんなにタクシー使う時なんて・・・」

「もう良いだろ。あのレストランだ」

「あ、前にも来た事ある」

「覚えてたか。コースメニューが新しくなったらしい」

「へぇ。楽しみだね」

「個室が空いていたら良いな」

「え、個室?別に普通の席でも・・・」

「そうか?それで、話したい話の全てが出来るのか?俺は構わないけどな」

エレベーターホールから、レストランへと廊下を真っ直ぐに進む。

けれどその足取りを入り口より五歩手前で止めるとつられて立ち止まった恭一を見下ろした。

言い訳をするつもりでも、ご機嫌取りをしたかった訳ではない。

そうしなければいけないような疚しい事柄は持ち合わせていない。

けれど恭一は、自分からは切り出さなくても内心は三城と同じくだとは言い切れないだろう。

いっそ冷めた眼差しで、溢れそうなため息を堪える。

その三城を、恭一はただ見返していたのだった。



  
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