画面の向こうの・・・編・17



琥珀色のスープに卵の黄色とカニの赤が鮮やかだ。

蓮華でスープを掬い、三城はそこへ視線を落とした。

「分かっていると思うが、俺はあの女とは一切なにもないし、興味もない。それだけだ」

「あ、うん」

「なんだ他に言いたい事でもあるのか?」

「え?ううん、そうじゃないんだけどさ。あの、どう、するのかなって」

蓮華を休めない三城の一方、恭一はスープを一口飲んだだけだ。

煮え切らない婉曲な言葉はあまり面白くない。

いっそ遠慮がちな眼差しを向ける恭一に、三城は眉間の皺を深めグラスを口にした。

「こちらからは何もしない。それも一つのアピールだ」

「そうだね。そうかも知れないけど、大丈夫かな」

「何が不安だ?恭一には害の及ばないようにする」

「僕の事じゃなくってさ。美咲ちゃんがもっと、色々書いたりして、周りが騒いだりとか、その・・・」

「何が言いたい」

「あの、無い事が、事実みたいにならないかなって」

帰宅時の運転手を頼んでいる恭一は茶を手にしているが、特別アルコールに執着がない彼に、三城だけが飲む場面の苦言を伝えられた事はない。

だからこそ、今どことなく不満そうなのは、三城だけがアルコールを飲んでいるからではないようだ。

口にした言葉の裏側が見え隠れしている。

「何だ。周りに騒がれて、あの女がその気になって、俺もその気になるとでも言いたいのか?」

「そうじゃないけど、えっと・・・そうじゃ、ないんだけどさ」

「恭一・・・何かと思えば」

恭一の声がどんどんと尻すぼみになってゆく。

完全に箸は止まり、眉は八の字型に下がるのを見た途端、三城はふと笑みを零した。

「嫉妬か?」

「え?違うよ、違う」

「なんだ、違うのか?別に俺は構わない、むしろ嬉しいくらいだがな」

「じゃぁ、その・・・・違わないことも、ない、けど・・・その」

「じゃぁ、ってなんだ。はっきりと話せ」

「春海さん、意地悪だよ」

「いつもの事だろ」

もう少しからかおうかとも思った。

だがあまりに恭一が不満げだと隠さないので、笑いを堪えるのも限界だ。

「それにしても、変わった嫉妬の仕方だ」

「変わったって・・・なにそれ」

「いや。眉も口もさも不満そうに下げてるわりに、不安げな目をしている。そこは睨むものじゃないのか?」

「そうなの?」

「さぁな。経験がないから想像だ」

「絶対嘘だ」

「さぁな・・・それにしても」

全く気にしていないのだと思っていた。

二人の指に光る指輪があり、共に過ごした一年以上の歳月があるのだから、ただお互いを信じていれば済む事だ。

そう思う一方で、胸がグズリと鳴る。

アルコールを飲んでいる三城が平然とグラスを進める傍ら、テーブルを挟んだ恭一は素面だというのに顔が徐々に赤く染まってゆく。

「だって、春海さんが」

「俺が、なんだって?」

「だってさ、あんなブログ書かれてさ」

「書かれたのは俺の責任ではないし、阻止をしようとはした」

「そうだけど。・・・写真も載ってたし」

「何だ?恭一も俺の写真が欲しいのか?なんだったら今撮らせてやろうか?」

「今は、いい・・・面白がらないでよ」

グラスを一つ煽る。

身体にアルコールが染み渡ると、それと平行するように機嫌も良くなってゆく。

今日一日の苛立ちが嘘のようだ。

不満げにしている恋人を見る事で上機嫌になるなど、屈折していると思ったのは気づかない事にした。

「写真は持ってるけど、でも僕だって、行った事なかったのに」

「行く?どこに」

「・・・会社。春海さんのオフィス」

「あぁ、そんな事か。だがあの女は俺の部屋に入った訳ではない」

「え?でも・・・」

「あそこはレイズの部屋だ。俺の部屋は隣で中扉もあるが、鍵をかけておいたので覗かれてもないだろ」

「そうなんだ。・・・そっか」

「そんな事を気にしてたとはな」

「あ、呆れてるんでしょ。そりゃ、そうかもしれないけどさ」

「呆れてなんていない。言ってるだろ、嬉しいくらいだ」

嫉妬心を喜ぶ日が来るなど考えた事もなかった。

そして不満げな恋人がこんなにも愛しいと思う日が来るというのも、考えた事もなかった。

有り触れた、ホテルのレストランなら当然の味だと思っていた料理もアルコールも、特別に美味しく感じる。

ようやく蓮華を持ち直した恭一から目が離せない。

「恭一なら、いつ会社に来ようが、ブログに何を書こうが、何処で何をねだろうが俺は構わないがな」

「そんな簡単に、僕は美咲ちゃんみたいには出来ないよ。やっぱり、芸能人は度胸が違うなって思う」

「あんなものは度胸とは言わん。図々しくて自分しか見えていない馬鹿だ」

「馬鹿って・・・でもそれ、僕はして良いんだ?」

「恭一ならむしろ、俺の事で周りが見えていないなど可愛くて仕方がないじゃないか」

三城の機嫌が良くなると、恭一の機嫌が傾いでゆく。

それを察すれど止められないのは、もう少し今を楽しみたい欲からだ。

料理を口に運び唇を開いても、閉じた時には口角は下がったままの恭一が珍しくて、笑ってしまいそうにもなる、

「・・・物は言いようだね」

「ようは、『誰がしたか』というだけの話しだ。法律ではないのだから、人の感情というのは一つの観点に縛られているわけではない」

「学校じゃそれは通らないよ」

「俺は教師じゃないし、恭一は生徒じゃないだろ。それも別の視点から見たものであるし、物事を混ぜるな。それとも、叱って欲しかったのか?」

「そうじゃないけど・・・僕だって、どうしたいのか分からない。ただ、色々恥ずかしいだけ」

それを言葉以上に表すように、もはや恭一の頬は真っ赤だ。

何に嫉妬し、何に照れているのか、一つ一つ聞いていきたい気持ちはある。

だがそのような事をすると今度こそ恭一は怒ってしまいそうだと、満足感に満たされた三城は吐きかけた言葉をアルコールと共に嚥下したのだった。


  
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