画面の向こうの・・・編・20



テレビ画面で見た物と同じ形の笑みを浮かべ、美咲は三城を覗き込む。

一歩後ろに居る恭一をチラリとだけ見ると、彼女はグロスのたっぷりと塗られた唇を開いた。

「嬉しい偶然って。もしかして、三城さんも私と会いたいとか思ってくれてたんですか?そうそう、今日は他のタレント仲間もいて、そちらのお友達も――」

「それで?そのタレント仲間とやらに自分の痴態を見てもらうのか?」

「・・・え?」

三城が瞳を眇める。

だがその口角は、ニヤリと歪に歪められていた。

全く笑っていない眼差しに口元だけを笑みの形に変えたところでそれを微笑とは呼べそうにない。

彼の横顔を眺めるしか出来ない恭一は、無意識のうちに開いていた唇を意図的に結んだ。

「あ、あの・・・」

「たしかに約束は破ってはいないな。だがあのような行為をして、俺が喜ぶとでも思っているのか?」

「それは、あの」

「俺には恋人が居ると言わなかったか?それでも自分に乗り換える可能性があるとでも考えたのか?傲慢だな」

「そこまでは、その」

「自分という人間に価値があり、誰であっても喜ぶとでも考えていたか?それとも、思うようにならなかった俺に躍起になっただけか?」

つらつらと言葉を繋げる三城は、非常に彼らしい。

淀まず、隙を与えず、正論で、それだけに返す言葉をすぐに奪われてゆくのを恭一は身を持って知っている。

だから彼とは喧嘩をしたくはないし、喧嘩にもならないのだ。

三城の横顔よりもはっきりと見える美咲が、呆け顔をしている。

けれど彼は、殊更瞳を眇めた。

「お前の真意など俺には興味もなければ関係もないところだがな。だがもういい加減に、俺を巻き込むのはやめろ」

「・・・あ、あの」

「何を考えているのかは知らんが、俺を利用しているのだろう。そうでないなら、好意一つ見せない俺に構い続けるのもおかしな話しだ。お前に、何らかのメリットがあるんじゃないか?」

「あ・・・め、メリット、て」

「特定の個人もしくは企業や組織か、あるいは世間に向けてか。何かの対するアピールじゃないのか?わざわざ一般人でしかない男の写真をブログへ掲載したんだ、なんらかの意図があると考える方が自然だ」

「・・・ぁ」

三城と美咲が向かい合って既に数分。

その間、少なくとも恭一の知る範囲では誰も、声をかけるどころか指さしもしない。

あのブログが掲載され、ワイドショーにも流れたのは今日の事だ。

だというのに、三城も美咲も注目を集めない辺りに、美咲の程度が知れる気がした。

唯一離れたところからこちらを伺っていた、美咲の友人だという女性三名が怪訝そうにしている。

彼女らも皆、見覚えのある顔をしているのでタレントか何かなのだろう。

最近はテレビ番組を見る機会も減ったので、すぐには名前も出てこない。

だが彼女らもこちらに来るとさすがに注目を集めるだろうし、そうすると三城にとって面倒な事になりそうだ。

三城と美咲から周囲へ注意が向かう。

だがそうしていると、三城がふと振り返った。

それを視界の隅に感じ、恭一が三城へ顔を向ける。

一瞬、彼と視線がぶつかり合う。

相変わらず笑みとも呼べない笑みを浮かべていた彼から、その時だけ険が削がれた気がした。

「・・・ぁ」

瞬きをした頃には正面を向き尚っていた三城は、顎をあげるようヒールを履いても十センチは身長の低い美咲を見下ろした。

「何がしたいのかは知らんし興味もない。お前の評価がどこでどう変わろうと、俺には関係もない。だが、俺の評価がお前に変えられるのは耐え難い」

「評価って・・・そんな」

「俺は、将来を誓った相手が居る。その人物がお前の行動で不愉快な想いをする事も、俺には許し難い」

今、三城と恭一の関係は同性の友人同士であらなければならない。

けれど、もしもそうでないなら、すぐにその後ろ姿に駆け寄りたかった。

「愛しているのはこの先もただ一人だ。お前に微塵の興味もない。今日良い偶然だと言ったのは、ただそれを伝える為だけだ」

無意識のうちに、片手が腹の前で拳に握られる。

胸が、苦しいまでに締め付けられた。

けれどそれは甘く切なくて、離れて立ち続けなくてはならないのがとても辛い。

三城が振り返ってまで笑って見せた理由が分かった気がした。

あの言葉は、美咲にだけ告げたのではない。

「な・・・で、でも、だって!」

「何だ?まだ言いたい事があるのか?悪足掻きと認めるなら聞いてやろう」

「そ、そうよ!貴方の言うとおり、ただ、利用しようとしただけよ。そうじゃなかったらたかだかサラリーマンなんかと!」

美咲が低く声を唸らせる。

一歩踏み出す彼女は、歯も剝いておりあまり可愛いとは思えない。

「あぁ、たかだかサラリーマンだが?その『たかだか』を利用しきる事も出来なかったのだな」

「っ・・・でも!」

「『でも』と『だって』が多すぎる。子供の証拠だ」

「っ・・・」

「これ以上自分の価値を下げない事だな。元から長くないタレント生命だ」

「なっ!」

「恭一」

「はっ、はい」

「行くぞ」

「あ、うん」

それまで、関係がないと傍観者として見ていただけに、急に名前を呼ばれ肩が震えた。

美咲へ背を向けるよう踵を返す。

グラスに数杯のアルコールを飲んでいる筈であるがそれを感じさせないしっかりとした足取りの彼は、その発言にも責任を持てるのだろう。

三城が恭一の隣へ並ぶ。

そうして軽く肩を叩かれると、美咲を大きく迂回するよう目的のエレベーターのある壁へと足を向けた。

「待たせて悪かったな」

恭一の視線の先ではまた美咲が何かを言いたげにしている。

けれどそれを振り払うよう恭一も踵を返し、彼と並んで歩き出した。

「あの、春海さん」

「なんだ」

「・・・ううん、なんでもない」

三城の言葉が、しっかりと耳に残っている。

すっきりと晴れ晴れとした心境にはなりきれないが、けれどそれを解決するにはホテルのロビーは不都合がありそうだ。

気を抜けば置いて行かれそうな足取りを賢明に追う。

ふと見上げた横顔の彼も、不機嫌さを崩さないままであった。



  
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