画面の向こうの・・・編・21



地下の駐車場に駐車されている三城の愛車の、乗り慣れない運転席につく。

乗り慣れない、とはいえ初めてというわけでは決してなく、今のように飲酒をした三城の代わりに乗る事は何度かあったが、未だに慣れないというのが正確なところだ。

出来るなら乗りたくない。

三城の車だけならばまだしも、ホテルの駐車場には彼の車と同等かそれ以上のクラスの車がずらりと並ぶので万が一ぶつけては大変であるし、それ以上に人身事故などおこしては謝罪だけではすまされない。

マニュアルとオートマティックのように左ハンドルも別免許にして欲しい、と心の底で思いながらアクセルを踏み込んだが、ゆっくりと車体が動き出した瞬間、もう恭一は運転をする以外の事を考えられなくなった。

右側ハンドルの乗り慣れた愛車ならば出来ただろう雑談も、悩み事も、今の恭一には余裕がない。

発車前に三城がセッティングをしたカーナビゲーションの案内を確認するだけで精一杯だ。

なにせ数ヶ月前まで、左ハンドルどころか右ハンドルですらペーパードライバーだったし、運転そのものが特別自信があるわけでもない。

車間距離にヒヤヒヤしながらただ必死にハンドルを握った。

「・・・っ、よし」

ホテルを出発し大通りを走る。

そうして信号が赤になりブレーキを踏むと、ようやく一つ息がつけた。

普段よりもスピードを出せず制限速度を随分と下回っていたが、幸いバッシングは受けていない。

もっとも、BMWが低速運転というのは、あまり格好良くはなさそうだ。

赤く輝く信号を見つめ肩で息を吐くと、隣からは呆れたようなため息が聞こえた。

「左に寄りすぎだ。そんなにも右に遠慮しなくて良い」

「え?あ・・・左ハンドルってつい右に寄り過ぎになるっていうから・・・」

「だからといって、ただ左に寄れば良いというものでもないだろ」

「・・・そうかもしれないけど」

「恭一は運転が下手な訳じゃない。もう少し自信を持って運転しろ」

「自信を持ってって・・・。でもやっぱり、怖いよ・・・ぁ」

信号機が、青へと変わる。

前方の車が滑るように走り出したので、恭一も追うようにアクセルを踏んだ。

運転に必死だ。

だからこそ走行中は会話を挟む隙がなく、それは有る意味において幸いだったのかもしれない。

「そこを左だ」

「あ、うん」

「左に寄り過ぎだ」

「あっ・・・ごめん」

「そこだ。そこを降りろ」

「うん」

カーナビゲーションの画面を見ず、三城の声だけを聞く。

的確なタイミングで告げられる案内を頼りにハンドルを切り、言われるがまま地下の駐車場へと降りていった。

この場へ来た回数も数える程だが、内部へ入った事は一度もない。

これからも特別用があるとは思えなかったので、今日こうして此処へ来れたのはそれだけで喜びだ。

「どこ、止めたら良い?」

「どこでも良い。こんな時間だ、誰も来ないし、車を見たら俺だって分かるだろ」

「そんなもの、なんだ」

「エレベーターはあっちだ。だから、あの辺りに止めろ」

「わかった」

広々とした、今は駐車車両も殆どない地下駐車場を走らせる。

車止めだけを気にしながら運転し、三城が示すエレベーターホールの近くに目標を定めると、恭一は枠線を確認しながらバックで駐車をした。

ブレーキを踏むその感触は安堵と、また違った種類の緊張で胸が鳴る。

「き、来ちゃったね」

「何を言っている。恭一が来たいと言ったからだろ。さっさと行くぞ」

「あ、うん」

先に助手席を降りた三城が、大きな音を立て扉を閉めた。

それを追うように慌てて降りると、やはり緊張をしているようで手も足も縺れる。

以前から気持ちはあったけれど、行動に移そうとは思わなかったしむしろ甘えてはいけないとも思っていた。

「今日はIDケースは持ってないのか?」

「うん。通勤バッグに入れてるから。まさか、来るなんて全く考えてなかったし。あれ?ないと駄目だったりする?どうしよう・・・」

「俺が居るんだ、入れない訳がないだろ。ただ・・・恭一に使わせてみたかっただけだ」

「え?」

「行くぞ」

三城が自身のIDカードケースを取り出す。

誕生日に恭一が贈られた物と色違いのそれをエレベーターの脇に設置されているカードリーダーに翳すと、小さな機械音が鳴り、エレベーターが動き出した。

「エレベーターも直通になっている。まぁ、それもこのカードが要るがな」

「そうなんだ」

取り合う相手もいないだろうエレベーターの到着はすぐで、雑談をする隙もなく静かに目の前で口を開けた。

ありふれたシンプルなエレベーターが、特別に見える。

此処をあがれば、すぐ。

そこに、三城の執務室がある。



  
*目次*