画面の向こうの・・・編・22



オフィスというよりもホテルか何かのような廊下を進む。

通常サイズの扉もいくつかあるが、それよりも磨き込まれた木製の、見るからに荘厳な両開きの扉が目を引いた。

「わぁ・・・」

「こっちだ」

その両開きの扉の手前。

片開きながら重厚な木製の質感は同じその扉の前で、三城は立ち止まると鍵を開いた。

当たり前のようにそこを押し開く三城も、この空間も、目に見えるものがどこか客観的だ。

まるで画面の向こう側の物のように親近感が湧かない。

それは三城の後に続いて部屋に入るとより一層だったが、胸にあるのは不快感ではない不思議な感情だ。

「もうレイズも帰っているみたいだな。好きにしろ。と言っても、面白味も何もないだろ」

「そんな事ないよ。此処が、春海さんの部屋なんだ」

重い扉を丁寧に閉める振り返ると、恭一は改めてそこを見渡した。

突発的なデートで、どこでも良いならと望んだ行き先。

嫉妬心と羨ましさと、今までも胸の中にあった思いが欲望となりねだってしまったが、実際に訪れてみるとこれでもかという満足感が胸を満たしていった。

広さは十二畳でもきかない程広い。

恭一の学校の校長室よりも一回り広く、入り口の真正面は天井から床まで一面のガラスで、今はブラインドがあげられている。

その前にある両手を広げた広さの、どっしりとしたしかしモダンなデザインのエグゼクティブデスクと、それに見合いのプレジデントチェア。

更にその手前には応接セット。

三人でも座れそうな長ソファと、一人掛けソファ二脚が向かい合い、ガラス天板のセンターテーブルにはくすみ一つ見あたらない。

左右の壁には書類棚や本棚とロッカーがあり、木製の扉が一つ。

それが隣の両開きの扉を持つ部屋へと通じているのだろう。

二つの扉の間隔とこの部屋の大きさを考えると、あちらはこちら以上に広そうだ。

「こんな場所が見たいとはな」

「・・・ごめん。春海さん、公私混同とか嫌いだよね」

「そんな事を言ってるんじゃない。何も良い物などないだろうにと言ってるだけだ」

入り口付近で立ち尽くすばかりの恭一の一方で、エグゼクティブデスクに腰掛ける格好で三城は灰皿を引き寄せる。

上機嫌には見えないけれどピリピリとした不機嫌さは伺えず、自然と恭一の肩の力も抜けた。

オフィスへと行こうと決まったのは、彼女に会う前だ。

応接セットを回り込み、三城を横目に通り過ぎる。

自宅よりも高い場所から眺める都心を一望する夜景は見事だ。

「見て良いもの・・・は、部屋全部だよ」

「部屋?ありふれた執務室だろ。なんならレイズの部屋も見るか?此処より広い」

「んー、でも春海さんの部屋じゃないと意味ないよ。春海さんが毎日、どんなとこで仕事してるのかなって思ってたんだから」

詳しい仕事内容も、立場も、正直はっきりとは分かっていない。

ただ有名で大きな自社ビルを持つ企業の、高い場所に部屋を持つ、日本支社のNO.2。

恭一には考えられない程大きな責任を背負っているのだろうとだけは、どことなく知っているつもりだった。

それで良いと思っていたし、公と私は別なのだと考えていたけれど、それはどこまでが本心だったのだろうか。

カタリと音がする。

ふと振り返ると、煙草を指に挟んだ三城がデスクを回り込んでいた。

「なるほどな。それなら、俺も頻繁に考える事だ」

「え、春海さんも?」

「恭一の職場は高校だからな、その物は知らなくても大まかの想像がつくから余計かもしれない。職員室ではどのような場所に座っているのだろうとか、どこで誰とどのように接しているんだろう、とかな」

「え・・・そんな」

「一日に接する人の数は恭一の方が圧倒的に多いだろ。むしろ、教師の立場など俺には分からないから、見えてこない事もある」

三城の手が、恭一の腰を抱き寄せる。

見上げた彼は煙草を持つ手で口元を隠し、表情を伺わせなかった。

「・・・さっきは、悪かったな」

「え?ううん、別に僕は・・・」

さっきとは、レストランでのディナーを指しているわけではなさそうだ。

終わった、少なくとも三城の中で終わった事を彼が持ち出すのも珍しい。

あの件はあれで、恭一さえ何も言わなければ終わり、聞いたところで嫌そうな顔をされるのだろうと思っていた。

煙を吐き出し三城が恭一を見下ろす。

その面もちは、思いがけず苦笑に歪められていた。

「春海さん?」

「公衆の面前で、柄にもなく苛立ちを押さえられなかったと思ってな」

「・・・ぁ」

「相手にする方が疲れるのだと頭では分かっているし、常なら放っておくだろうに」

三城の腕が腰から離れていく。

それが延びた煙草の灰を落としに行く為だと分かったけれど、無意識のうちに恭一は、彼の腕を追っていた。

「でも、あぁ言ってくれて、嬉しかったよ」

「・・・恭一」

「美咲ちゃんは、あれで良かったのかなって思ったけど、でも僕は・・・僕に言ってくれた言葉は、凄く嬉しかったよ」

公に出来る関係ではないけれど、二人の中には確かにある。

美咲へ告げる直前に振り返り浮かべた三城の笑みは、今も目に焼き付いていた。



  
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