画面の向こうの・・・編・25



自宅マンションの廊下を急ぎながら、三城は袖をめくった。

「八時十五分か・・・今日は信号によく引っかかったからな」

普段ならばいっそ早いくらいの帰宅時間だ。

けれど八時に帰る約束をした――させられた身からすれば時間をオーバーしてしまっている。

もっとも、いくらいつにない回数の信号にひっかかったとしても、常の三城ならばそれを考慮した上で動いている。

だというのに今日はそうでないというのは、ただただ、破ってしまえるなら破ってしまいたいレベルの約束だからだ。

理由もなく約束を破ると恭一は傷つく。

だが正当なる理由があれば、納得して受け入れるのが恭一だ。

とはいえ、そうと考えたうえで嘘をつかない辺り、三城の中にも妥協が伺えた。

所詮は恭一に甘く、悲しませたくない、落胆させたくない、というのが選択基準の上位に位置している。

「終わっていれば良いんだが・・・」

今の世の中、ハードディスクレコーダーという物があるのだから何もリアルタイムに拘る必要はない。

だが恭一にとっては、重要な事の用だ。

鍵の掛かっていない玄関から室内に入り、革靴を脱いでいると程なくしてパタパタという足音と共に恭一が姿を見せた。

「春海さん、お帰りなさい」

「ただいま。悪かったな、遅れた」

「ううん、大丈夫。むしろぴったり。さすが春海さん」

「ぴったり?」

「CMあけたら始まるみたい。早く、早く」

「・・・なるほど、ぴったりだ」

だがそれを三城は恭一程喜べそうにはない。

しかし嬉々とした恭一に三城はため息を吐くしか出来ず、腕を取る恭一に従いリビングへと入っていった。

今晩は、先日の騒動の発端となったテレビ取材の放送日だ。

元々は恭一に知らせずにおこうかとすら考えていたが、美咲の件がありそうもいかなくなっていた。

放送日を知らせるなりそれを一緒に見る約束を恭一に持ちかけられ、了承をして今に至る。

あの時の嬉しげな恭一の顔を前に拒絶が出来る三城ではない。

「春海さん、どんなかな」

「メインはレイズだ」

「分かってるけど。あ、北原さんも映ってる?」

「あぁ、『イケメン秘書』だとか言われて、水橋と出さされてたぞ」

「イケメン・・・北原さんのイメージとは違うね。確かにかっこいいけど、綺麗系だし」

「どうでも良い。一般大衆に分かりやすい言葉は常に安易であり類似も含む広い範囲を許容したがるものだ」

「・・・そう、かな?・・・あ、始まった。美咲ちゃんだ」

恭一に腕を引かれたままソファーへ座らせられると、大型の液晶テレビに映し出されている映像が変わりCMが明けた。

見覚えのある若い女性タレントが二人。

C&G日本支社ビルの前で、見覚えのある服装に身を包み、品性の感じられない話し方をしている。

美咲は、件のブログエントリーをした翌日、ブログを閉鎖した。

他のミニブログ等も全て閉鎖し、事実上当面の自粛と言っているらしい。

一般男性の写真をアップしたうえで意味深な書き込みをした事で、ファンの間で炎上をしたようだ。

所属事務所からもストップが掛かったらしく、事務所を通して謝罪をしたというが何に対する謝罪なのか意図は明確には伝わらない、つまらないものだった。

美咲の意図は不明。

だが芸能関係につてがあると言っていた実兄・秋人によると、ライバルのアイドルタレントと格差を出したかったようだ。

芸能人になど興味がない為三城は知らなかったが、ここ数ヶ月の間でアイドルタレントの色恋い沙汰が多く報道されており、一部容認されている者も居るらしいが、それは全て同じくタレント同士であったりテレビ関係者だったという。

一流企業の幹部役員、という肩書きは、美咲には特別に見えたのやもしれない。

「馬鹿らしいな。こんなテレビがゴールデンタイムに放送されているなんて」

「そう?僕は最初から見てたけど、面白かったよ?さっきはね、セレブ女社長の・・・あ。春海さん、春海さんだよ。出たね、出たね」

「・・・出ると分かってて見てるんだろ」

恭一が、興奮をしたように三城の太股を叩いた。

画面の中ではレイズが、そしてその隣で三城が紹介をされている。

予想以上に照れ臭さはない。

思えば、大規模なプレゼンテーションなどでは会場の後ろまで見えるサイズの大型スクリーンに映し出される事もある。

それが公共の電波かどうかという差程度だろう。

ただ、今画面に映っている自身は、驚くほど不機嫌そうにしていた。

「わぁ、春海さんらしいね」

「なんだそれは」

「ううん。だって、ニコニコ愛想振りまいてる春海さんって、なんか違うし」

「自分の利益にもならないというのに愛想など振りまくか」

「うん、愛想じゃなくて笑ってくれてる方が、絶対良いよね」

そんな物を見られるのは、高確率で恭一だけだ。

それを、恭一は分かっていないのだろう。

並んで座ったソファーで腕を絡めて座る恭一を見下ろす。

恭一が嬉しげにしているなら、今まで避け続けていた事を行った価値があるのやもしれない。

「・・・まぁ、それが全てだな」

「え?春海さん、何?」

「いや、なんでもない」

テレビモニターの中ではレイズの社長室で三城や北原らも並んで映されている。

それを非常に他人事のように眺めた三城は、既に画面の中になど興味を失ったとばかり傍らの恭一の頭を引き寄せたのだった。




【完】



*目次*

**あとがき**