■グリッサード・・・・15



一週間は飛ぶように早かった。

木曜日を恐れていたので、余計かもしれない。

木曜日も一日が早かったものの、小泉バレエスタジオについた途端、時計の針の進みが驚く程遅くなった。

胃が痛む気すらする。

講師がこれではどうする、とも思うのだが、そう考えて収まるものでもない。

「いやでも、来ないかもしれない・・・」

ピルエットを失敗し、あれだけ悪態をついていたのだ。

いよいよ懲りたかもしれない。

はじめから、嫌々来ていたのだから、良い機会だと思ったかもしれない。

講師として、いけないとは思う。

思うのだが、そうあればありがたいと思ってしまう。

「はぁ・・・そもそもさ、俺なんかより見目良い奴なんか、芸能界にいっぱい居るだろ・・・」

「せんせってさ、一人になると「俺」なんだ」

「美織さん!」

団員用更衣室で一人私服を脱ごうとしていた夏樹に、不意に声がかけられた。

慌てて扉を見る。

そこには、後ろ手に扉を閉めた流がニヤリとして立っていた。

来ないかと期待をしていたが、そうはいかなかったようだ。

そのうえ、先週と同じシチュエーション。

胸がドキッとなり、動きが奪われる。

「せんせは綺麗だよ。それに、ギラギラしてないのが良いよね。そういう雰囲気の人、なかなか居ないんだよね」

「なにか、用ですか?」

手にしていたレッスン着を胸に抱く。

そうして知らずうちに怖々となる眼差しで、流を眺めた。

目の前の彼は、一週間前、ここに来た時と同じ顔をしている。

不遜で、自信ありげで、レッスン場で見せる顔とは違う。

そこに危機感を覚えた。

この顔を見せた先週は、とても呑めない要求を求めて来たのだ。

ならば今日は、何を言うつもりなのだろうか。

無意識に後退る。

その夏樹を、彼はさも楽しげに見ていた。

「そんな怯えないでよ」

「お、怯えてなんて」

「そう?怖いって、顔に書いてるけど」

「そんな事・・・」

ない。

ない、と思いたい。

だが、実際のところ、そう言い切れないとも夏樹自身わかっている。

気丈に居なければつけこまれるだけだと思っても、気丈にいられない。

よりいっそう、不適な笑みを深めた流が、大きく一歩、夏樹に近づいた。

「大丈夫、大丈夫。先週とはちょっと違う話しだからさ」

「・・・ちょっと?」

「ただせんせにお願いしても無理っていうのは、はっきり分かったからさ」

なら何故今週もここに来たのか。

そして、「ちょっと」とはどういう事なのか。

何も安心出来ず、瞳が細くなる。

「今日は、ただこれ、見せに来ただけ」

「え?・・・っ」

これ、と言いながら流はスマートフォンを、その画面を、夏樹に見せた。

夏樹と同じ機種のスマートフォン。

小型の液晶。

そこに映し出されていたのは、暗がりの写真。

一度見ただけでは何であるのか分からなかった。

けれどそれが何であるのか分かってしまえば、どこをどう見ても、それだ。

そこには、車内で手を握り合う、夏樹と黒川が居た。

「やっぱさ、先生もゲイだったんだ」

「それは・・・」

「それに、この人どう見ても普通の人じゃないよね。ヤクザか、そうじゃなくても真っ当な仕事の人じゃないよね」

言い逃れる方法は、あったかもしれない。

けれど夏樹には咄嗟に思いつく事が出来なかった。

見られていた。

いつもレッスン場を最後に後にするのは夏樹であるから構わないと思い込んでいたというのに。

明らかに自分のミスだ。

そのショックが大きく夏樹にのしかかる。

「この事、ばらされたくないよね?」

「それは・・・」

「ヤクザと付き合ってた、ゲイだったなんて、先生にとってマイナスにしかならないんじゃない?クラシックバレエのバレリーナがさ」

バレリーナとは女性にしか使わない言葉であるとか、つまらない訂正もいれる気にはならない。

どうする冪か、頭が真っ白になる。

今夏樹はどのような顔をしているのだろうか。

向かう会う流が、にやりと顔を歪めた。

「でさ、これ公表されたくなかったら、俺と付き合ってよ。あぁ、身体の付き合いだけで良いよ。交際とか面倒くさいからさ」

「・・・それ、ですか」

「それだよ。先生だって分かってたんじゃない?」

「それは・・・」

先週の後のこの会話。

しかし思考が上手く回らない夏樹には先を読むなど出来ないでいる。

ただ呆然と流を見るしか出来ない。

「良かった。先生に会おうと思って、帰りかけてから戻って。おかげで良い弱味握れたし」

「・・・ぁ」

弱味。

そう、弱味を握られたのだ。

そんな事すら易々と理解出来ない。

このような事が公表されれば、夏樹自身だけではなく、バレエ団や黒川にも迷惑がかかってしまう。

黒川に、迷惑がかかる。

それが頭の中で、ぐるぐると回った。

   

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