■グリッサード・・・・16



携帯電話の液晶画面を見て、流を見る。

続く言葉が出ない夏樹に、流はニコリと、テレビの中でよく見せる笑みを浮かべた。

「今日は、良い子でレッスン受けてあげるよ」

「え?」

「先生言ったでしょ。ちゃんとレッスン受けない男は論外だって。だから今日だけは、きちんと受けるよ。でも、先生が条件呑んで
くれないなら、これはばらすし、もうちゃんとレッスンも受けない。もっと荒らしてやる」

「何を・・・」

「じゃぁ、そういう事だからよろしくね」

携帯電話をロック画面にし、空いた手で流れはひらひらと手を振った。

そして夏樹一人を更衣室に残し出て行く。

取り残された夏樹は、ただ呆然と立ち尽くしていた。

「どう、しよう・・・」

悩んだところで、到底飲める案件ではないし、解決策が思いつくとも思えない。

以前の夏樹ではない。

ワンナイトラブが嫌などころか、もう黒川以外の男と身体を繋げる自体が嫌だ。

「そうだ、とにかく仁に相談して・・・ぁ」

ちょうどそう考えた時だ。

メールの着信音が一度鳴った。

振り返ったレッスンバッグから携帯電話を取り出す。

メールの発着が一件。

すぐに開いたメールは、黒川からであった。

「・・・マジで?」

『悪い、急用が出来て迎えに行けない。当分連絡も出来そうにない』

素っ気なく書かれた文章。

普段から黒川のメールは素っ気ない、男のメールそのものであるが、今はいつも以上に冷たく感じられた。

それはただ、夏樹の心情がそうさせるのかもしれない。

「よりによって・・・」

頼りたいと思ったその瞬間にこのようなメールが来るなど。

ある意味においてタイミングが良すぎるも良いところだ。

頭を抱えそうになる。

座り込んでしまいそうな気持ちで、目の前が真っ白になってゆく。

それでも、うなだれても仕方がないと心を振るわせ、夏樹はレッスンバッグを眺めため息を一つついた。

「・・・着替えよう」

夏樹がどのような悩みを持っていたところで、時間は容赦なく流れる。

レッスンが始まってしまえば夏樹は講師で、甘えた事など言っていられない。

きちんとレッスンを行えないなど、流を含めた生徒に申し訳が立たない。

しかしそのように自分を奮い立たせてみても、悩みが頭から離れてくれる事はなかった。

私服を脱ぎ、タイツとサウナパンツを履く。

Tシャツをかぶり、バックからタオルを取り出した。

もしもこれが自身がレッスンを受ける側であれば、踊る事で暫し悩みから脱せられただろう。

だが今は、ただ踊っているだけではない。

未だ慣れない講師をしなければならない以上、自分の世界に浸るなど出来はしない。

黒川に頼らず、夏樹自身が解決出来るならばそれに越した事はない。

だが、思考がストップしたような今では、何も案は浮かばなかった。

「下行って、ストレッチでもしよ・・・」

誰にともなく自分自身に言い聞かせる。

少しでも身体を動かしていれば、悩みを忘れられるかもしれない。

もしくは、リハーサルをしている今のクラスのレッスンを見ると気持ちが切り替わるかもしれない。

いっそ逃げ出したい。

叶わず無責任な事さえ考えてしまう。

一度大きく深呼吸をする。

そうして表面的に気持ちを切り替えた夏樹は、そのような事ではいけないと自分自身を叱咤し、半分に減ったペットボトルとバレエ
シューズを手にすると、更衣室を後にした。




   


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