■グリッサード・・・・18



流が真面目にレッスンを受けない理由は分かった。

だがただ理由が分かっただけでもある。

それだけでは、解決にはならない。

つい先ほど流から持ちかけられた件にしてもそうだ。

結局は現状維持。

他に言葉も見つからない。

とはいえ、萩尾が好意で調べてくれた事には変わらない。

乾いてしまいそうな笑みを出来るだけ綺麗に整え、夏樹は軽く頭を下げた。

「調べてくださってありがとうございます。そんな理由があったんですね」

「ええ。・・・先生、何かあったんですか?」

「え?何が、ですか?」

笑みを浮かべる夏樹の一方、用件を伝え終わった筈の萩尾はまだ渋い顔をしていた。

「な、何も、特にありませんよ」

咄嗟に嘘を吐く。

何故嘘をついたのか。

公にされたくない脅しを受けているからだろう。

相手が萩尾であるからではなく、誰であっても同じだ。

笑ってごまかしてしまえ。

内心強くそう思う夏樹に、けれど萩尾は逃がしてはくれないようだ。

低く声を落としたまま、じっと夏樹を見つめた。

「先生、職業柄ってもんがありましてね。人が嘘吐いてんのは大体分かるんですよ」

「そっ・・・そうなんですか?」

「別にね、人の嘘を一々暴いて行こうって思ってんじゃないんですよ。ただ、先生のお力になれれば、と思ったまでです」

「・・・あ」

萩尾は、夏樹の為を思い流の事を調べてくれた。

好意でだ。

その彼の好意に、更に甘えてしまっても良いのだろうか。

甘えたい。

夏樹が黒川を頼ろうとしたように、彼ならどうにかしてくれるだろうか。

しかし彼は、恋人ではないヤクザだ。

萩尾の視線を返しながら、戸惑いを隠せない。

その夏樹の心情に気がついたのだろうか。

ふと強ばっていた面持ちを和らげた萩尾は、苦笑したように笑った。

「すんません。何かあったらまず黒川に相談しますね。あれは良い男だ」

「いえ、今黒川は・・・」

何があったのかは知らない。

けれど仕事関係の「何か」があったのだろう。

暫く連絡が取れないとメールが来た。

暫くとは今晩中なのか、一週間か一ヶ月か分からない。

そのような事さえ聞けなかった。

またも夏樹の面持ちが曇る。

「黒川と何かありましたか?もしや、先生のお悩みはその件ですか?」

「ち、違います。違います、ただ・・・黒川は忙しいようなので。それだけです」

そう。

黒川は忙しくて相談は出来ない。

自分一人で悩むしか出来ない。

悩んだところで打開策が見つかるとは思えない。

そのうえたとえ相談したところで、先週の彼の様子から、穏やかな解決は望めそうにない。

そう考えただけ。

今夏樹に出来る事は、開き直る事。

だがそうすると、当人の夏樹だけではなく、黒川や、何も関係のない小泉バレエ団にも迷惑がかかるだろう。

夏樹がただのゲイであるだけならば良かった。

しかし愛してしまったのが、黒川であるから。

極道に生きる男と知った上で愛してしまったから。

それを後悔などしない。

する筈がない。

けれど、腹もくくりきれない。

萩尾に頼ってしまいたい。

心が大きく揺れる。

その夏樹を、一歩離れた萩尾が優しく見下ろした。

「何があったか知りませんが、私は先生の味方です。先生には本当に世話になった。発表会でも、八本さん達と前で踊るんです。自
分でも驚きましたが、先生のご指導の元です。ですから、何かあった時は、いつでも相談してください」

「ぁ・・・」

少しの後悔がよぎる。

萩尾を頼らなかった事ではない。

萩尾を、疑った事だ。

彼はヤクザだ。

だが、ただの人でもある。

生徒として、講師を慕ってくれた。

その思いから流の事情も調べ、更に力になろうとしてくれた。

ただ、それだけだったかもしれないのに。

「さぁ、そろそろレッスンですね。ストレッチしないと。発表会までに少しでも柔らかくしないと、格好がつきませんからな」

会釈をし、萩尾が階段を降りていく。

夏樹はその背を見送るしか出来なかった。




   


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