■グリッサード・・・・7



今夜も迎えに来てくれた黒川の車に乗り、二人は帰り道のファミリーレストランに来ていた。

気取った店ではなく、気楽に過ごせる此処がレッスン後には丁度良い。

「先週より疲れてないか?」

「あー、そうかも」

原因は分かりきっている。

苦笑を浮かべ、夏樹はフォークにハンバーグを突き刺した。

「何があった?」

「俺って、つくづく講師に向いてないなって」

自分が踊るのと、それを人に教えるのは全くの別物だ。

それどころか、まともにレッスンを受けてもくれなかった。

講師が生徒を選べないのは当たり前。

上手く取り仕切れなかった自分自身に自己嫌悪が浮かび、元々満々ではなかった自信喪失も良いところだ。

「先週はそんな事言ってなかっただろ。ミスでもしたか?」

「ミスっていうか……」

レッスンが上手くいかなかった事を人のせいにするのはどうかと思う。

しかし今日の出来事を全て自分が悪いように言える程清い心を持ってはいない。

他人にはあまり言うべき事ではないだろう。

けれど黒川は。

他人だと割り切れる程の関係ではないと言い切れる。

それを黒川も同じように感じてくれているとどこか信じられた。

「今日から、新しい人が入ったんだ。初心者で、訳ありでね」

「訳あり?」

「んー仁、美織流って知ってる?」

「そりゃ知ってるに決まってるだろ。頻繁にテレビでてるアイドルだろ」

「その美織流が新しい生徒だったんだけどさ。なんていうか、やる気なくってね」

「アイドルが?凄いな。やる気がない?何で来てんだ?」

「舞台に必要なんだって。色々教室に行ったみたいだけど断られて、うちが最後の砦らしくてね。先生から断るなって言われてるん
だ」

「先生?断るなつっても、相手がやる気ねぇなら仕方ないだろ」

「うちのトップの先生。それはそうなんだけど、なんかバレエ協会から圧力っていうか、なんか言われてるみたいでさ」

そうでなければ夏樹も断っていた。

否、追い出していた。

それほどの心境だ。

「全然やる気なくってさ、あれしたくない、これしたくない、その癖踊りたい、って。そんなすぐに演目踊れるわけないって」

「そりゃそうだろ。何事も基礎が大事だ。俺にはよく分からんが、あれだけ複雑に足を動かすんだ。すぐに出来ねぇってくらいは分
かりそうなもんだろうにな」

「ね。新しい生徒さんが仁みたいな人だったら良かったのに」

エビフライを口に運びながら冗談めかして笑う。

黒川が僅かに眉間に皺を寄せた。

「俺がバレエをか?勘弁してくれ」

「みっともない?」

「そりゃ考えただけで恥ずかしいが、みっともないとは言わん。それより、あんな踊りが俺に踊れるなんて思わんし、にあわねぇだ
ろ」

「そう?案外似合ったりして」

黒川の舞台衣装姿を想像し小さく笑う。

不思議と、黒川に話している内に気持ちが楽になってゆく。

そうしてふと、黒川と似たような体格の生徒を思い出した。

「そういえば、萩尾さんと知り合いだって言ってたよね」

「そうだったか?」

「言ってたよ。今日さ、美織がちょっと……そんなのやりたくない的な事言ってる時にさ、萩尾さんが助けてくれたんだよね」

「萩尾さんが?」

「うん。美織に出ていけって。俺がちゃんと注意出来なかったから、見かねたんだと思う。すごいすごみでね。出ていけって、俺が
言いたくても言えなかったから嬉しかったんだよね」

「そうか。萩尾さんがな。昔気質の、曲がった事が嫌いな人だ」

「そんな感じ。……萩尾さんってさ、仁の同業者だったりする?」

聞いて良いのか悪いのか。

普段滅多に仕事の話をしない黒川だけに、気楽には聞けない。

知らず内に上目遣いになり黒川を見る。

切ったステーキを口に運んだ黒川は、チラリとだけ夏樹を見て視線を伏せた。

「まぁ、そういうところだ。格はあっちの方が上だがな」

「そっか。やっぱり。すごみ利かせてる時の萩尾さん、仁に雰囲気似てたんだよね」

「そうか?悪いな。あっちも、夏樹の事気づいている可能性がある」

「え?俺の事って?」

「俺と付き合ってる……いやそうでなくても関係があるってな」

「どうして?仁、何か言った?」

「言うわけないだろ。ただ車を見られているし、フロント硝子越に顔も見られているだろうから。来るのは不味いかと思ったが、ど
のみち先週もう見られてる可能性が高いんだ。それなら構わないかと開き直った」

「そっか。うん、俺は仁が来てくれて嬉しいから。ありがとう」

もし今夜黒川に会えなければ、この疲れは明日まで持ち越しだっただろう。

そのうえ一週間会えなければ、来週のレッスンをする気が重かったかもしれない。

たとえ愚痴でも、聞いて受け止めてくれる存在は大きい。

それだけで、来週も頑張れそうだ。

「仁、ごめん。ありがとう。良い講師になれるよう頑張るよ」

「俺は何もしていない」

ふと黒川の口元に笑みが上がる。

夏樹の感謝の意味も、彼はしっかりと受け止めてくれたようだ。


    

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