偶然か運命か・編・02



 加藤と別れた足で智が向かったのは、行きつけのバーだった。それもアルコールを飲む事だけを目的にしたそれではなく、同類との会話を楽しむ為にあるような、いわゆるゲイバー。
 智はただただどこまでも堅物な人間ではない。
 もしもそうであったなら、加藤含めこれまで何人もの男と交際出来ているものか。男女の仲とは違う。同僚や合コンなどで相手が見つけられる可能性は低い。
 加藤と出会ったのもゲイバーだった。この店ではなかったが、大差のない似たような場所だ。だったというのに、加藤は智に何を期待していたのだろうか。ゲイバーに居た事さえ、「たまたま偶然」程度に自分の良いように解釈をしていたのかも知れない。
「マスター、おかわり」
「またぁ? いいけど、もう何杯目だっけ?」
「忘れた。別に良いでしょ」
「良いけどね、そりゃ。どうせもう、終電に走るつもりなんて無いだろうし?」
 どこまで本心で心配をしているのか。売り上げという物を考えれば、全て口先だけかも知れない。
 いくらアルコールを呷っても酔いきれない頭でそのような事を思いながら、面持ちは心配げに眉を寄せてみせるマスターを少しだけ目を細めて眺めた。
「一晩ここに居たら、良い出会いがあるかもしれないじゃないですか」
「そりゃね。でも、今日別れたばっかりでしょ? そんな急がなくても。何事も急いだって良い事ないわよ?」
 智の前に生ビールのグラスを置いたマスターは、カウンターに肘をついた。
 彼の年齢は四十代半ば頃だろうか。残暑というには暑すぎる日が続いており、ピンク色の半袖姿。丸顔にちょび髭で、髪は短く刈り上げられている。
 決して美形ではないが、人当たりと面倒見が良く、故に彼を慕う者でこのバーはいつも賑わっていた。
 行きつけのバー、と言っても智がここに来たのはニケ月と少しぶりだ。
 それは、丁度加藤と交際する前。
 智が通うゲイバーは三軒。恋人が出来ると何処にも行かないが、別れても、直前の恋人と出会った店には決して行かない。つまるところ、今現在通えるのは行きつけの中でも二件だけだ。
「言っとくけど、ここはあくまでハッテン場じゃないんだからね」
「分ってます。そんな短絡的な物は求めてません」
「どーだか。智ちゃん、案外、ねぇ?」
「なんですか」
「なーんでも」
 アルコールを摂取しているというのに顔色を変えないまま、智はマスターを睨み付ける。片手をヒラヒラ振りながら彼は智の前から離れていった。
「……何、しているんだか」
 手の中のグラスを見つめながら、智は浅いため息を吐いた。
 元々今晩は家に帰らないつもりでいた事もあり、帰宅するのがどこか虚しく、気がつけばここに居た。そして同じように気がついた時には何杯もアルコールを呷っていた。
 別に、加藤に腹を立てた発散に飲んでいるわけではない。ましてや、悲しみに浸るように涙酒をしている訳でもない。
 もう彼の事はどうでも良く、それは心から本心だ。
 ただ。
 似たような理由で振られ続けている、自分自身に腹を立てている。
 本来なら、一度行ってしまった失敗は繰り返さない。それも、何度も何度も繰り返すなど、一人の大人として学習能力がなさ過ぎ、恥すべきだ。
 しかしながら、それが対人関係ならばどうだろうか。
 その上、その「振られた理由」自体を智は改めるつもりが一切ない。
 振られた理由が自分にあり、それが何であるのか分った上で、改める気がない、というのも智が加藤をあっさり吹っ切った要因の一つだ。
「……僕は、運が悪いんだ」
 グラスに唇を付けながら、ボソリと呟く。
 智にしてみれば、振られた理由は決して「欠点」と言い切ってしまうべき部類の物だとは思っていない。むしろ、好む人間にとっては喜ばれる物であるし、そういった扱いを受けた事もある。
 その為振られた相手は皆揃って、言ってしまえば趣向の不一致というだけ。
 ならば何故、今まで出会った、それを喜んでくれる人と交際をしなかったのかと言えば、単純な話しだ。相手が智を気に入っても、智が相手を気に入らなかった。
 智は、自分でも自覚している程度に面食いだ。
 とはいえ、いくら自分の好みの男であってもへりくだりはしないので、例え交際をする事になっても相手はそれを知らない可能性はある。
 わざわざ自分から「僕は面食いです」などと言うのは何とも頭が悪そうだ。それはつまり自身の評価を下げる事となるので、口にする筈もない。
 智の思考は、「相手にどのように評価されるのか」という物が大部分にあり、「全てを知って貰いたい」などという乙女チックな考えは無いと言って良い程少ない。
 その考えこそが、本心よりも行動に表れる為に「堅物」のレッテルを貼られるのだろう。
 面食いである事を始め、本当の本心の中には俗世的な物をいくらでも抱えている。
「妥協などしたくない。そんなに贅沢を言っているか」
 ため息交じりの独り言が漏れる。
 容姿もであるが何より性格の好みは絶対に譲れない。容姿も好みであればあるだけ良い。そのような事、大抵の人が考える事ではないか。ただ、どのような性格を好み、どのような容姿を好むかで「贅沢」や「分相応」と評価されるだけだ。
 そして、「振られる理由」を受け入れて欲しい。否、好みの性格と好みの容姿の人がたまたま、智のその部分までも好む系統であって欲しい。
 そう考えているだけだ。
「マスター、もう一杯」
 チラリと腕時計を見る。アナログ時計の文字盤を改めて見た智はいよいよ最終電車を諦め、夜明かしをするつもりでビールグラスを掲げた。


    
*目次*