偶然か運命か・編・04



 智が今日だけでは無く、この手の店に来て自分から相手を誘わないのはいつもの事だ。
「お前はいつもこんな事をしているのか?」
「いつもじゃないけどねぇ。いくら俺だって、誰でも良いって訳じゃないし?」
「どうだか」
 ふと嫌味っぽく笑って見せたが、男は気にもしてないとばかりにヘラヘラするばかりだ。
 男の真意はどこにあるのか。智が感じられるのは、言葉通り「遊びたい」だけだ。それならばそれで良い。
 声を掛けて来るという事は、少なからずこちらに好意があるという事。自分から声をかけて断られる時間を考えれば、それを無駄としか思えず、いつも誰かを待つばかりだ。
「そういや、おにぃさん、名前なんていうの」
「智」
「智ちゃんって言うんだ。俺はね、カズ。よろしくねぇ」
 カズと名乗った彼は、智がオーダーしたアルコールグラスを軽く振って見せた。
「で、遊ぶんだろ。早く飲め」
「えぇ、智ちゃんせっかちぃ。それとも、そんなに早くしたいの? 見かけによらず淫乱~」
 高いテンションで冗談めかすカズを、智は冷ややかに眺める。
 この男とは交際に発展する事など万に一つもない。カズにしてもそのようなつもりは一切ないだろう。
 だからこそ、面倒な手順を追うなど必要を感じない。
「だったら何だ?」
「え?」
「淫乱で、それが大好きだと言えば驚くか?」
 はっきりとカズに顔を向け、智は意味深な笑みを浮かべた。
 セックスは嫌いじゃない。
 いや、好きだ。
 顔に似合わないや、普段からは想像も出来ないと散々に言われてきた。それ程までに、智は多分並以上にはそういった行為が好きだ。
 過去の恋人に振られ続けた理由の一端はそこにある。誰も、想像もしていなかっただろう智の変貌に驚き、ついて来られなくなる。仕舞には疲れるのだろう。
 ただのセックス好きであればまだ良かったのかもしれない。いや、別れは待っていても、もう数ヶ月は続いたかもしれない。
 もっともどれも、ただの智の想像でしかないのだが。
 だからこそ、このチャラチャラした印象しかないカズの誘いに乗ろうとしている。大人の男が、得にこの手の男が言う「遊び」など一つしか無い。
 相手の顔色を伺わずに、相手が受け入れられるかも考えずに行為に没頭出来る。
 堅物だとか真面目そうだとか勝手に評価されているが、智がワンナイトラブに興じるのは初めてでなければ、数えられる回数でもない。
「えぇ。驚くって言うか、意外過ぎ。もしかしてウケ狙いとか?」
「ジョークの下ネタを言う趣味はしていない」
 真っ直ぐにカズを眺めながら、口元から笑みを消す。
 その智に、カズは小さく声を上げ笑った。
「ほんと意外も意外だね。でも丁度良かった」
「丁度良い?」
「実はさ、俺だけじゃないんだよねぇ」
 カズが智から顔を離しフロアに向くと、軽く片手を上げる。すると中央付近のテーブル席に座っていた男二人が立ち上がった。
 何かと考える間もなく、その二人の男が智達の元まで歩いて来る。
 言葉を交わしていないので、この男達がどのような人物かは知らない。それでも外観から受ける印象は、カズと同じ誠実さを感じさせないものだ。
「カズ、良いって?」
「うっわ、近くで見たらマジ真面目そう」
「こっち智ちゃんね。いやまだ三人でって話しはしてないんだけど、こう見えて淫乱なんだってぇ。いやん」
 重みがまるでない軽い口ぶりの連鎖。意識をしなければ眉間に皺が寄りそうになる。煩くて仕方が無い。だからこそ智はこのような人種が嫌いなのだ。
「マジで?みえねぇ」
「カズから聞いてない?今晩さ、四人でどう?4Pとか経験ないでしょ?」
 さも面白がっているとばかりに、名も名乗らない二十代半ばにしては頭の悪そうな二人の男が智の顔をニタニタと覗き込む。
 遊ぶのはともかく、このような馬鹿のされかたは好まない。
 とはいえ、智にはあまり選択肢がなかった。というよりも、智の中でいくつもの選択肢を用意していない、という方が正しいだろう。
「馬鹿にするのも大概にしろ。4Pがなんだ。6Pまで経験がある」
「……え?」
 今度ニタリと笑うのは智の番だ。
 立ったままの男達をスツールから見上げる。
 呆然としたように引きつった表情を浮かべる彼らの横で、カズだけはさも愉快そうに笑っていた。


    
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