偶然か運命か・編・07



 連れて来られたのは、バーから程なくの一流ホテルだった。
 以前来たホテルとは違うが、同等のランクだろう。
「元々そのつもりだったのか」
「そのつもり、とは?」
「僕を、僕じゃなくても誰か連れてくるつもりで部屋を取っていたのか?」
「まさか。先日帰国したばかりでまだこっちに家がなくてな。ここは仮住まいだ」
 さも当然と、大した話しではないとばかりに男は言う。しかし、彼が向かっている部屋が並のクラスではない事は、通っている廊下の扉の数から知れた。宿泊料金など一々聞く気などないが、このような部屋を「仮住まい」だという彼は、やはりそんじょそこらのサラリーマンでは無さそうだ。
「まぁしかし、全く考えていなかったと言えば嘘になるだろう」
「何を」
「ベッドルームは二つある。一方は俺が使い私物も置いているが、もう一部屋は手付かずだ。毎日清掃はあるとはいえ、その方が人を呼びやすいからな」
「へぇ。なら、もう何人の男を呼んだんだろうな」
 茶化していると言うよりは嫌味っぽく。どこかひねくれたような言葉が口を突く。
 この男について行くと決めたのは智。だというのに、合意のないままのキスとそれに続いた言葉から、どうにも素直になれないで居る。
 もっとも、ただ素性が知れない男、というところから、あの日の男、という所まで分ったのだ。この先に待っているのが智にとって、多分カズ達と遊ぶよりも、楽しい時間になる事は分りきっている。
 素直になってしまえば良い。
 そう、頭では分っていた。
「お前が初めてだ」
「え?」
「ここに呼んだ男だ」
「あ、そう」
 少しの間を置いて告げられた言葉に、智は不意を突かれた。
 立ち止まった男はジャケットのポケットからカードキーを取り出すと、扉にある機会に滑らせ解錠する。
 部屋に入る彼を追って智も扉を潜り、ゆっくりと重いそれを閉めた。
「お前も知っているだろ。俺は誰でも良いわけじゃない」
「初対面の僕で良いくらいだったんだから、誰でも良いんじゃないのか」
「お前。意味くらい分っているんだろ。それにお前にしても、本当に誰でも良いのか? あんな奴らに適当について行こうとしていたが」
 どこか棘のある言い方だ。
 智に背を向けていた男が、首だけで振り返る。その眼差しもまた、どこか冷たかった。
 智の態度故に男がそうするのか、男がそうであるから智が素直になれないのか。もはやどちらが所以か分らないが、ゲイが二人密室であるホテルの部屋に居ると言うのに、どうにも甘い雰囲気にはならない。
「お前、お前って、何でもない時にまで呼ばれたくないんだが」
「お前だって同じだろ」
「僕は横山智だ」
「俺は綾瀬奉治(あやせ・ともはる)だ。一度遊んだ相手と自己紹介しあうとはな」
「前は名前なんてどうでも良かっただろ」
「確かにな」
 見れば見る程、綾瀬は智の好みだった。
 いかにも仕事が出来そうで、あまり表情を変えない。自分が絶対的に正しいかのような話し方。
 普段ならば一度会ったら忘れはしないだろう。ならばあの日は、「普通」ではなかったと言える。
 男六人でセックスをする状況は「異常」であるだろうが、それ以上に智の精神状態が「異常」だったのかもしれない。
 ただ、智が綾瀬を覚えていなかった中、彼は智を覚えていた事は驚きだ。ただの記憶力の差だろうか。しかし智も決して記憶力がないとは思っていないし、人の顔を覚えるのも得意な方だ。
 ならば簡単な話、綾瀬の精神状態は「異常」ではなかったのだろう。
「よく、僕の事を覚えていたな」
「そりゃ、あの日の事を頻繁に思い出していたからな」
「……そうなのか?」
「あの後直ぐに海外に飛んだ。仕事でな。何もしていなかった訳じゃないが、やはり日本人とは違う」
「ビデオでも何でもあるだろ」
「あんな作り物に興味は無い」
「じゃぁ、僕に会いたかったって?」
 眼鏡の奥の眼差しを細める。
 探るかのように綾瀬を見つめながら口元を笑みに変える。
 腕を伸ばせば直ぐの距離に綾瀬。智を眺め返した彼は、冷ややかな眼差しのままふと笑った。
「あぁ、そうだな。覚えているか? お前を連れて来た男とお前が会ったのがあのバーだ。気まぐれで行ってみたら、会えるどころか、こうして釣れたんだからな。俺は運が良い」
 綾瀬の指が智の顎に掛かる。
 強引に上を向かされ、身動きが取れない。
「……この目」
 思い出した。
 あの日。
 智以外に五人の男が居たが、この目だけは覚えている。
 絶対的な威圧感のある、心底逆らえないと思わせる、しかしどこか暖かささえ感じられる目。
 その目で見られたいと、必死になっていた時間。



    
*目次*