GW最後の一日・編・2



起こされた事に怒っている訳ではない。

アラームをセットしていなかったので、放っておけばいつまでも寝ていただろうからそれはとてもありがたい。

けれど、その起こされた理由が「後10分で客が来る」であれば幸田が憤懣に感じても仕方が無いだろう。

まだ前日までの疲れが残る身体で慌てて私室のクローゼットに向かい、幸田は無難な取り合わせの衣類を引っ張り出していた。

この取り合わせであれば地味過ぎる感も否めないが、あれこれと着比べている時間など今はない。

鏡を見ながら手櫛で髪を整えると、ある程度見れる形になってくれた。

三城はいつでも急なのだ。

起こしに来た彼を見れば、ちゃっかりシャワーまで浴びていつもの如く隙のない装いだった。

来客があると以前から解っていたならば、昨日にでもその旨を伝えておいてくれれば良かったのに。

もしくは、せめて30分前に起こしてくれていたら、随分と状況や心の余裕が違ったと思う。

朝──時刻的には十分に昼前なのだが──から眉を寄せながら、急いで着替えを済ませ幸田がリビングへと戻ると、これでもかと形良く微笑んだ三城がダイニングの指定席に座り出迎えた。

「早かったな、恭一」

「そりゃぁ、後10分でお客さんが来るって言われたら急ぐよ」

「怒ってるのか?お前があんまり可愛い顔で寝ているから、起こすのも悪いと思ってな」

悪びれもせず、いっそ開き直られてしまった。

本当に悪いと思っていないのか、誤魔化しているだけなのかも不明だが、惹きつけられてならない笑みを浮かべるものだから、それ以上不満を口に出来なかったとも言える。

三城のこういう先に予定を教えてくれない所は、言っても直す気がないようなので諦めるしかないのだ。

頭で解っていてもなかなか実行には移せないのだが、今考えてもどうにもならない。

ため息を一つ付くと、幸田は三城の向かいの自席へと腰を下ろした。

「怒ってはないけど・・・ま、いいや。それで、誰が来るの?」

「あぁ、まだ言ってなかったな。それとも着いてからのお楽しみ、にするか?」

「しないよ。誰が来るかによって心積もりとか・・・・」

友達が来るのか仕事関係なのか。

それによって心積もりが変わってくるというのに、それすらもはぐらかすというのか。

三城が淹れてくれていたカフェオレの注がれたマグカップを両手で包み込み胡乱な眼差しを彼に向けたが、どうやら幸田の負けのようだ。

───ピーンポーン

「・・・あ」

「来たようだな」

「・・・」

品の良い来客ベルが鳴らされ、三城はスッと席から立ち上がった。

結局誰が来たのか解らず終いである。

「はい。・・・あぁ・・・地下の駐車場に回してくれ。・・あぁ・・・わかった」

「春海さん?」

「・・ん?駐車場に行くぞ」

「駐車場、ですか?」

客人が駐車場に来ているという事なのだろうか。

だとすればこのまま外出となる可能性も十分に考えられる。

幸田はダイニングの上に置きっぱなしにしていた財布と携帯を掴むと三城の後を追った。

何気ない立ち振る舞いで靴を履く三城は、カジュアルながらシャツにジャケットという装いだ。

適当に服を選んだだけに、そんな彼の隣に並ぶのはどこか気恥ずかしい。

「待って、春海さん」

「あぁ。そんなに焦らなくても良いぞ」

「でも、もうお客さん待ってるんでしょ?急がないと」

「待たせば良いんだ」

「そんな訳にいかないよ」

「真面目だな、恭一は」

そういう問題ではなく、ただ三城のように大きく構えていられないだけだ。

人を待たせているととても申し訳ない気分になり、ついつい出来る限り急いでしまう。

クスクスと笑い、三城はエスコートをするように幸田の腰を引き寄せた。

「あ・・・」

4軒しかないフロアで隣人と顔を会わせた事がないとはいえ、公共の場でこのような事をされると羞恥心が沸き起こる。

先に見えているエレベーターまでの極短い距離をそうして歩き、呼び出しボタンを押した。

誰か乗っていては困るといそいそと三城から離れると、彼はやはりおかしそうに笑うばかりだ。

三城はいつも、二人の関係が何時誰にばれても構わないと言っているが、幸田には到底出来そうにない心構えである。

直ぐに無人でやってきた箱に乗り込むと、一直線に地下駐車場へと向かった。

「来ている人って、僕の知ってる人?」

「いや、俺も会うのは2回か3回目だ」

「へぇ・・・友達?」

「いや」

「親戚?」

「いや。・・見たら解る。着いたぞ」

「へ?え?」

会ったらではなく、見たら、という三城の言葉に「?」を飛ばしながらも、目的階への到着を告げる小気味良い音を聞きながらエレベーターを降りた。

見慣れた風景だ。

コンクリート造りに蛍光灯がずらりと並ぶ天井。

何処を見ても高級車ばかりが並ぶ辺り一帯の中でも、三城のメタリックブルーのBMWは目を引き付けられる。

「・・・あれ?」

その隣に停車していたのは、三城の愛車に負けないほど存在感を主張する赤い車だ。

以前もこんな車が止まっていただろうか。

あったならば記憶に引っかかりそうな程鮮やかな赤色だというのに、まるで思い出せない。

「三城様」

「待たせたな」

「とんでもございません、あちらがご注文のお車です。オプションのご確認を・・・」

「あぁ、そうだな」

来客用駐車スペースに止められた車から降りてきたのは、40代前半と思われるスーツ姿の男性で、胸に付けられたネームプレートが彼が職務中であると知らせる。

丁寧な仕草で三城に一礼をした彼は、書面片手に先ほど幸田が見ていた赤い車を手のひらで指した。

良く見るとその車には、幸田でも知っているライオンのエンブレムが掲げられている。

海外の高級車である事は間違いない。

「春海さん、車買ったの!?」

「あぁ。見ての通りだ」

さっさと車に向かい歩き出す三城の腕に、男性の目も気にせず縋り付く。

あまりの驚きに、そこまで頭が回らなかった。

「聞いてない」

「言っていないからな、当然だろ。説明を聞いて来るから恭一は待ってろ」

「・・・」

スーツ姿の男性と赤い車へと消えていく三城を、何とか唇を閉ざし幸田は見送った。

この男に事前説明を求める事は諦めたはずだというのに、やはり「何故言わない」という気持ちが持ち上がる。

彼が稼いだ金をどう使おうが勝手だと言われればそうなのかも知れないが、それにしてもだ。

「車なんて二台持ってたって、乗る身体は一個しかないのにさ」

それに、あの赤い車は三城に似合わない気がする。

すっきりとしたボディーラインが美しい今のBMWに比べ、この新しい赤い車は丸っこく可愛らしい印象しか残さない。

そもそも赤という時点で三城のイメージではないと思うのだ。

己の事を大も小もなく正しく理解しているだろう三城にすれば、珍しいとしか言いようの選択である。

「では。こちらがキーになります」

「ありがとう。また何かあったら連絡する」

「些細な事でも何なりとお申し付けください。失礼します」

最後に幸田にも会釈を遣すと、男性は脇に止められていた同じエンブレムが掲げられた車に乗り込んだ。

よく見ると運転席には別の男性が乗っていると解る。

その車が走り出すと、三城は赤い車から幸田へ声を張り上げた。

「恭一、来い」

「あ、はい。早かったね。もういいの?」

「あぁ。今は早く恭一にこれを見せたかったからな」

「春海さんのセカンドカー?綺麗な色だね。なんか可愛いし」

赤いボディーは、近くで見るとそれ程派手すぎる印象はない。

車に詳しくないのでよく解らないが、ガラス越しに見る車内もオプションが組み込まれているのか凝った内装だ。

黒い革張りのシートが座り心地が良さそうである。

「気に入ったか?」

「可愛いね。ちょっと春海さんのイメージと違ったからビックリしたけど。あ、右ハンドルなんだ」

「そりゃそうだろ。これはお前のだ」

「・・・・へ?」

「以前、車通勤が羨ましいとか言っていただろ。高校には教職員用の駐車場もあると言っていたし、明日からこれで行け」

はい、と手のひらに握らされた車の鍵。

自宅用のそれよりもずっしりと重い感覚を手の中に、幸田は理解が追いつかないとばかりに車と三城を交互に見比べたのだった。



 
*目次*