GW最後の一日・編・4



ようやく目的地の駐車場に車を収めると、幸田は大きく息を吐き出した。

何とか到着である。

大した距離でないとうのに、とんでもない遠方まで来てしまった気分だ。

無事、何の問題もなく公道を走り車庫入れまで出来たとあり、緊張に張り詰めていた気が一気に抜け、幸田は思わずハンドルに身を預けてしまった。

一杯一杯になりながらの久々の運転は、そこそこ合格点ではないだろうか。

この分ではすぐに運転の勘を取り戻し、そしてこの人生は初のマイカーにも慣れそうだ。

車を走らせたものの目的地を定めていなかった幸田は、三城の「右だ」「左だ」という指示だけを頼りにここまでやって来た。

普段は助手席専門で地理には疎く、カーナビはあるもののそんな物を横目に運転する余裕もなかったのだ。

自分が運転をしているというのに、座席の配置はいつもと変わらないというのは不思議な気分である。

三城はといえば、幸田の気など知ってか知らずか、否聡明な彼の事だ知りながらにして無視をしたのだろう。

いきなり大通りに案内され、更に人通り多い街に誘導された。

何処に向かう気なのか問わなかったのは、伺う余裕が無かったのが半分、きっと答えてくれないだろうという諦めが半分。

そうして到着したここは、彼とも何度か訪れた事のあるシティーホテルだった。

車を降りた三城は、パンッと耳に気持ち良い音を立て扉を閉めた。

そこに立つ彼とこの車はやはりどこかミスマッチだったが、ならば自分が見合っているのかと言えばそれは不明である。

「ランチに良いレストランがあるんだ」

「へぇ。春海さんはよく来るの?」

ホテルでランチなど幸田には無縁だ。

学校の近くにはファーストフード店とコンビニ程度しかなく、例えこんな場所が有ったとしても行くとは思えない。

「たまにな。社屋から近いから余裕のある休日出勤の時や、会食なんかに使っている」

「休日出勤だけ?平日は来ないの?」

「あぁ。今は恭一の弁当があるだろ?それに、そうでなくても普段は事務室で適当に済ませる事が多いからな」

「僕なんかよりずっと優雅な昼休みを過ごしてるイメージなのに」

「休憩時間を真っ当に取れない事は多いぞ。取引先が海外だと、こちらの時刻など朝か夜かしか考えてくれない」

「そんなものなんだ」

苦笑を漏らす三城が、されどどこか楽しげに見えた。

やはり三城はワーカホリックでとても仕事が好きなのだろう。

程度の問題はあれど見習いたい点である。

「・・・ここだ。正午には少し早いから人もまばらか」

「そうだね・・へぇ」

そこはホテル中層階にあるイタリアン・レストランであった。

太陽光がサンサンと差し込む店内は、全体が白と暖色系で纏められており明るい気分になる。

確かにここならば、ディナーよりもランチを楽しみたい雰囲気だ。

すぐにやって来たボーイにより景色の良い窓際の席に案内されたが、何故か三城は腰を下ろそうとしなかった。

「春海さん?どうしたんですか?」

「いや・・・ちょっとな」

テーブルについた幸田は、立ったままの彼を見上げる。

眉間に眉を寄せる三城は、苛立っているというよりも苦渋を感じさせ、先ほどまでとは打って変わった表情に一体この短い間に彼に何があったというのか。

片手をテーブルに付き三城は長いため息を吐くと、ようやく彼は幸田の前に腰を下ろした。

歪めた面持ちはそのままであるが、どこか諦めも見て取れる。

「・・・後ろに知り合いが居るんだ。一人はともかく、もう一人は上司だからな。見なかった事には出来ない・・」

「へぇ。あ、会社の近くのホテルだもんね。会社関係の人も来てるのか」

「いや、あれはビジネス関係ではなさそうだがな・・・」

「へ?でもお二人とも知り合いなんでしょ?」

「まぁな。・・・片方は恭一も知ってる奴だぞ」

「僕?」

三城の知り合いで幸田が知っている人物など片手で数えられる程度でしかない。

加えて会社関係であるならば、一人の美人の顔しか思い当たらなかった。

「・・・北原さん、とか?」

「あぁ。そうだ。あいつは良いんだ。もし気がついたなら、むしろ向こうから挨拶に来るべきだ。だが、もう一人が・・・」

「誰と居るの?上司って事は・・・偉い人だよね?」

口にしてから、なんともバカっぽい言い方だったと恥ずかしくなった。

言い方はともかく、あの大きな社屋において部長である三城の上司となりえる人物は限られており、ならば必然的に「偉い人」になるだろう。

幸田の口調になど一々気を止めている余裕もないのか、グラスに注がれた水を口にし、三城は肯定を示した。

「まぁな。本社の人間だ。あぁ、そう。今度日本支社の支社長になる人物でもある」

「へぇ・・・あれ?その支社長になるのって、社長の息子さんって言ってなかった?」

「よく覚えていたな。あぁ、そうだ」

「って事は、社長の息子さんと北原さんが一緒、って事?」

「そうだ」

肯定を繰り返す三城はそれすらも面倒そうだ。

彼はふと胸元に手をやったが、更に顔をしかめると何もせずにその手をテーブルに戻した。

最近の飲食店は大抵が禁煙である。

「社長の息子さんだったら挨拶いかないとね。そんなに嫌なの?」

「嫌、という訳ではないが。プライベートでまであの取り合わせに会いたくなかっただけだ」

やはり深く息を吐き出す三城が、どこか珍しく思えた。

どんな事であれ決断が早く、嫌な事でもさっさと済ませてしまうのが普段の彼であるというのに、それ程までにその「社長の息子」なる人物が恐ろしい又は嫌味な人物なのだろうか。

先日会ったばかりの社長・ローランを脳裏に浮かべ、「意地の悪い息子」を想像してしまった。

この三城を辟易とさせる人物に、少し興味が沸く。

「あ、じゃぁ僕もついて行っていい?邪魔じゃなかったらで良いんだけど」

「恭一もか?・・・そうだな、その方が良いだろうな。むしろお願いする、来てくれ」

「うん。僕もちょっと緊張する」

だが不思議と、それよりも楽しみな気持ちが強い。

仕方がないな、ともう一度大きく息を吐き出した三城は、やってきたボーイにメニューも見ず二人分のオーダーを通すと、面倒だとばかりの仕草で立ち上がった。

そんな面持ちのまま社長の息子に会いに行ってよいのだろうか。

数度だけ機会のあった三城と北原が相対している場面では、彼は冷淡で引き締まった表情をしていたはずだというのに。

社長の息子───ローラン・クラインの息子という人物を勝手に想像したまま、幸田は三城の後ろに続いたのだった。



  
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