GW最後の一日・編・5



意表を突かれたのは、想像を裏切る「社長の息子」の雰囲気と、そして北原の笑顔だ。

幸田達が通された席から入り口を通り越した反対側に、二人は向かい合い座っていた。

話には出てこなかったが二人の他にも誰か居るものだと思い込んでいた為、彼らが二人きりである事に驚いてしまった。

今日は休日であるが、仕事なのだろうか。

振り返って見るとここからでは幸田達のテーブルは見えず、三城が彼らを確認したのは店に入って案内されるまでの一瞬だったようだ。

さすがの洞察力である。

テーブルに近づくと、幸田達に気がついた彼らは会話を中断し一様に驚いた表情を向けた。

「部長・・・それに幸田さん・・」

弾かれたように立ち上がった北原は、三城を、そして幸田を見るとぎこちない仕草で会釈を会釈を寄こした。

久しぶりに会った彼は、以前の冷静で完璧主義そしてプライドの高そうな印象とはどこか違っている。

幸田を見る表情は先ほどの微笑とは打って変わり動揺だけが表れていたが、身に纏う雰囲気は柔らかい。

『ハルミ。ハルミじゃないか』

続いて立ち上がった「社長の息子」は、いかにも外国人らしい仕草で両手を広げると三城にハグを求めた。

つい先ごろまでニューヨークに居た事もありこの程度では驚かずに済んだが、そうでなければ声の一つも上げていたかもしれない。

その彼は、第一印象だけで言うならば三城にとても交友的に見えるし、何よりもとても優しげで、想像していた人物像と大きく異なっていた。

映画俳優かモデルのような整った顔立ち、三城と並んでもそれを越える長身、スッとした立ち振る舞いに加えて金髪碧眼とくれば、まるで王子だ。

「お久しぶりです、レイズ。休日に申し訳ございません。たまたまお見かけしたものでご挨拶を、と」

「いや、気にする事は無い。再会は明日だとばかり思っていたから、一刻も早く君に会えて嬉しい。・・・そちらは?例の恋人だろうか?」

「えぇ、私もです。紹介します、私の───パートナーの幸田恭一です」

振り返った三城が視線で幸田を示したので、慌てて頭を下げた。

彼を前に胸の奥で感じてしまった感情は秘密である。

「はじめまして、幸田恭一です」

「はしめまして、キョウイチくん。私はレイズ・クラインです」

顔を上げると品良く微笑むクラインが片手を差し出していたが、されど幸田がそこに触れるよりも早く三城は彼の手を押さえていた。

「お互い忙しいでしょう。今日は挨拶だけで失礼いたします」

冷淡さの表れた口調で言う三城にギョッとしてしまう。

年齢こそ近く、プライベートでも親しくしているらしいとは聞いていたが、あまりに無礼ではないだろうか。

「・・・そうだね、わざわざありがとう、ハルミ」

押さえられた手を引くと、クラインは肩を竦めた。

気を悪くした様子は見せず、彼はゆったりと幸田に笑みを向ける。

「また後日、皆で食事でもしましょう」

「あっ、はい、是非」

「レイズ、プライベートな時間をありがとうございます。明日オフィスで。・・・行くぞ、恭一」

「あの、さよなら。・・・待って、春海さん」

挨拶だけ、と言ってはいたが本当に数言で終わらせるなんて。

彼らの別れの挨拶を待つ事もなくさっさと、あまりにあっさりと二人の元を去る三城を、幸田は慌てて追いかけたのだった。




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まさか、なんという偶然だ。

二人の去った後、北原は冷めかけたコーヒーカップの取っ手に指を掛けたまま唯そこを見つめていた。

胸に苦い物が広がり、顔を上げる事が出来ない。

今日もこのクラインの宿泊するホテルに泊まっていた北原は、彼と共に早めのランチに来ていたのである。

特別会話が弾むという訳では無かったが、それなりに楽しい時間だった。

けれど、何もそれを邪魔されたと憤慨している訳ではない。

外で会社関係の、それも目上の者に会えば挨拶をするというのは常識的で、三城の行動は真っ当だ。

もしも三城を見つけたのが北原の方が早ければ、自分また同じ行動に出ていただろう。

ならば何が一体こんなにも胸を締め付けるのかと言えば、答えは簡単だ。

クラインに彼を───日本人形のようだと喩えが相応しい美麗な幸田を会わせるのが怖かったのだ。

まだ交際数日、心になんの余裕のない北原としては、自分程度を「綺麗」だというクラインに本当に「綺麗」な男を会わせてしまえばどうなるのかと気が気ではなかった。

言葉を交わされるのも嫌ならば、触れ合われるのなどもっと嫌で、三城がクラインと幸田の握手を止めてくれたのは内心とても感謝している。

すっかり気分が下がってしまった北原に、クラインは何事もなく声を掛けた。

『ハルミも来ていたなんて、とても驚いた』

『・・・えぇ、それはもう』

『その上、ハルミの恋人にもお目にかかれるとはラッキーだ』

この偶然を、彼は幸運と受け止めたのか。

『・・・綺麗な、人でしょう』

しまった、とハッとした時には遅かった。

言うまいと思っていた嫉妬の言葉が無意識に口を吐いてしまい、そんな自分に嫌悪感を感じる。

とても女々しくて、卑屈で。

自分自身が鬱陶しくて仕方が無い。

『っ、申し訳ありません、余計な事を・・・』

『そうだね。あの人が居たなら、ハルミが渡米出来ないと十分に理解出来る。───だが、ナオヤの方が綺麗だ』

「・・・なにを」

そんな世辞はいらないのだと、北原は首を振る。

見え透いたそれは気休めにもならないが、よく考えてみると、クラインとしても今ここで幸田の方が綺麗だなどと言えないだけだろう。

『・・・いえ、ありがとうございます』

どこか納得をし、失笑を浮かべながらクラインに視線を向けると、面前の彼もまた苦渋の表情を浮かべていた。

『それよりも、私としてはナオヤとハルミの再会に立ち会えて良かったと感じている。二人きりのオフィスで再会を果たせば、またナオヤがハルミに揺らいでしまうかもしれない、などと考えてしまっていたのだ』

『・・・そんな』

苦笑を浮かべつつ、瞳だけはやけに真剣なクライン。

そんな彼を見ていると、北原も同じく苦笑が浮かんでしまう。

今しがたまで胸を支配していたつまらない嫉妬心や苦しさが、暖かいものに包まれて消えていく錯覚に陥った。

『何を仰っているのですか。もう、部長と貴方を比べるなどしないと言っているのに。彼に心揺らぐなど無いと言い切れるし、今も特別な感情は起こりませんでした』

不思議なまでに何も感じなかった。

以前ならばオフィスですら彼の一言一動に注目していたというのに、今はそんな事よりも、クラインと相対する幸田に嫉妬心を滾らせていたくらいだ。

『ナオヤ、やはり可愛い。明日、ハルミに返すのが惜しくて仕方が無い』

『仕事中だけです。それに、すぐにオフィスが隣りになります』

『そうだね、あぁ、大丈夫だ』

大丈夫。

何が、であるかは言わなかったが、北原もまた同じ言葉を内心呟く。

ひっそりと笑みを浮かべたクラインは、人目を憚らず北原の手を握ったのだった。




+++++++++++++++++++

テーブルに戻ると、サラダが運ばれていた。

オーダーを通したのは三城なのでメニューが何であるかは解らないが、きっと幸田の口にも合う絶品な何かだろう。

鮮やかに盛られたサラダ見ていると空腹が刺激された。

「そういえば朝ごはんも食べてなかったね。いただきます」

席に着くやすぐにフォークを手にすると、幸田は嬉々としてそれを突付く。

朝起きてすぐに外出準備をさせられたので、食事どころか水分すらも摂っていない。

一口食べたそれは、元の旨みに空腹のエッセンスが加えられとても旨く感じた。

「そういえば、さっき何で握手止めたの?失礼だよ」

ふと思い出し、幸田は手を止め三城に視線を向ける。

以前から、誰にでも愛想を振りまくな・触れるなとは言われているが、社交の場面では仕方が無いと思う。

だが三城はそうは思わなかったのか、いっそ眉間に皺を寄せ、それどころか不機嫌そうな面持ちで予想外の事を口にした。

「恭一、レイズの顔は好みだろ?」

「・・・へ?」

思わずサラダが喉に詰まる。

咳き込みそうな幸田に、三城は嫌味な口調で続けた。

「今までの経験を含めてな。あぁいう顔が恭一の好みなんだろう、くらいは解っているつもりだが?」

「ぅっ・・・」

どうだ?とばかりの三城の笑っていない笑顔が恐ろしい。

さすがは三城だ。

洞察力は素晴らしい。

だが名誉の為に声高になるならば、ただほんの少し格好良いと思っただけに過ぎない。

「えっと・・・でも、春海さんが一番だから。見た目も中身も、春海さんが一番好みだから、ね?」

彼に嫉妬を感じてもらうのは嬉しいような困ったような。

懸命に言いすがっても、三城の不機嫌そうな表情は改善されない。

どうする手立ても思いつかないと、幸田は乾いた笑いを浮かべながら、誤魔化すようにわざとらしくサラダを食べ続けたのだった。



 
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