三城×幸田・初めての・・・編36



地図を読むのは得意な方ではなく、住所だけを頼りに目的地に向かう表現のTVドラマなどを見ては「嘘だろ」と思っていた。

だが実際にやってみると、予想以上に簡単に辿り着く事が出来るものだ。

もっとも幸田の場合は目的地が大きなビルで、ビルの側面にデカデカと社名が書かれていたからなのだが。

幸田はビルから道路を挟んだ向かいの植え込みの花壇に腰をすえた。

本当に大きなビルで、これが自社ビルだと言うのだから驚きだ。

何階立てかなんて解らないし、新しい雰囲気のそれは見た目からしてお洒落な感じだった。

こんなところで「部長」などと呼ばれているのだから、生活水準が高くて当たり前だろう。

そのうえ若くて格好よくて、何事にもスマートなのだからモテないわけがない。

今までだって女に不自由した事などないだろうに、それを何故ワザワザ男の自分に来たのだろう。

単に物珍しさか、探究心の一環か。

女よりも男の方が面倒が無いとでも思ったからだろうか。

だとしたら、今の自分の行動は鬱陶しい以外の何物でもないだろう。

何度も考えた不毛な疑問が、ここに来て爆発したように次から次へと浮んだ。

不安で不安でたまらない。

やはり帰るべきだ。

もしくは連絡の一本でも入れないと。

けれど幸田にはどちらも出来なかった。

生垣の花壇に座ったまま、動く事が出来ない。

誰かが出てくるたびに期待をしてしまう。

どれほど時間が経ったのか、出てくる人波はとっくに途切れ、見上げたビルの窓は消灯している所も増えてきた。

もしや三城はすでに退社しているのではないだろうか。

その可能性の大きさに気づきながらも、幸田はその場に居続けた。

まだ明かりの灯っているフロアがある事と、まばらに出てくる人達を心の頼りにしている。

もう一人、次が三城で無かったら帰る。

そんな呪文も何回繰り返したかわからない。

周囲は漆黒の闇に包まれ、幸田の居る場所からでは入り口を確認しにくくなった。

結局帰る事も出来ず、それなら出てきた所を見逃すほどバカらしい事もない、と幸田はようやく立ち上がりビルの正面に向かって歩きだした。

「ねぇ、帰っちゃうの?」

道路を渡ろうとした時だ。

いかにも「今時の若者」と言った軽い口調の男に声をかけられ、幸田は思わず立ち止まり振り返った。

目の前に見たその男は予想と違わず、いかにも「今時」で、染色された髪と着崩したルーズな服装をしている。

一般的にはそこそこ格好いい部類に入るのかもしれないが、幸田の趣味ではなかった。

幸田は無視をして再び歩き出そうとしたが、腕をその男に掴まれてしまう。

二の腕に食い込まされた指は、痛いというよりも気持ちが悪かった。

「シカトとか酷くない?」

男はニッと笑って見せたが、幸田には下品以外の何物にも思えない。

「やめてください。」

「ケーゴとか可愛いぃ。お兄さんゲイでしょ?いいじゃん、遊ぼうよ」

「やめっ!やめろって!!」

ゲイはゲイを知るという事か。

だが幸田には関係の無い事だ。

男はグイっと腕を引き、幸田を自分の身体へと引き寄せた。

バランスを崩した幸田は男の胸に倒れこむが、すぐに離れようと掴まれていない腕で男の胸を押しやる。

「大人しくしてたら乱暴しないって。じゃないと、仲間呼んじゃうよ?」

優しげにも聞こえる男の声の冷たさにゾッとし、幸田は徐々に頭が真っ白になっていってしまった。



 
*目次*