花、香る+++2



教えられていた町名までたどり着き、後は番地を探すばかりだとなった時、片桐はふと足を止められた。

「・・・クソガキが」

古い町並みの住宅街の、住居と住居の間に造られた一目で見渡せる程度の広さの公園。

遊具やベンチ・木々までも手入れが行き届いていそうな明るい雰囲気のそこで目にしてしまった光景に、どうにも呆れた物を感じる。

見て見ぬフリも出来たが、片桐はため息を一つ吐くとそちらへと足を向けていた。

「おい、餓鬼。止めとけ」

「ンだよ・・・・ゲ」

「っ・・・な、なんだよ、おっさん」

見るからにカタギではない片桐に食って掛かるなど良い度胸だ。

中央が遊戯スペースとなっている公園の、外周に植えられた木々の陰に当たる場所。

そこで、三名の男子高校生が何か白い物を───人間を足蹴にしていたのである。

彼らの関係は解らないし、事の発端ももちろん知りはしない。

どちらに善悪があるのかも問うつもりはないものの、三対一というのが見過ごせない。

うずくまり片手で頭を抱えるその人物から咄嗟に離れた高校生らは、悪態をつきながらも恐々と片桐を見つめた。

「俺をおっさん呼ばわりなんざ、良い度胸だな」

「何だよ、俺らは・・・」

「何があったかなんて関係ねぇんだよ。俺はおまえらの為に言ってやってんだぞ。さっさとどっか行け」

それまでの軽い様子とは打って変わり低く唸るように告げる片桐に、高校生らはようやく己らの目の前に居る男の凶悪さに気が付いたのだろう。

青かった面もちを蒼白に変え、もう言葉も出ないのか無言のまま後退り走り去って行った。

まったく、粋がった子供を相手にするのは面倒以外の何物でもない。

大体において、学校の制服のまま悪事を───暴行を行うなど、補導してくれと言っているようなものだ。

彼らは皆一様に、服装の乱れはあったものの黒髪に短髪であった事から学校や家では真面目ぶっているのかも知れない。

人の痛みを知らず痛めつけるばかりを覚えた若者は、ヤクザ者の片桐から見てもクズに感じられる。

走り去る高校生らの背が遠のくのを見送り、片桐は土の上で蹲る被害にあっていた人物の横にしゃがんだ。

「おい、生きてるか?」

白い服は土と靴痕で汚れている。

黒い髪にも土や砂がこべりついており、そこも蹴られるか踏まれるかしていたようだ。

片瀬から見えるその背中だけからも、この人物が華奢であるとは知れた。

女性か成長途中の子供なのだろう、肩幅は狭く身体は薄っぺらく、頼りないの一言だ。

返答のない相手に安否の不安が過ったが、その時黒い髪がパラリと揺れた。

「生きてたか」

「・・・」

男だ。

それも、大人の男だ。

面立ちから判断するに二十歳そこそこだろう。

しかし、片桐の知るこの青年の同世代の男らとはあまりに違う、透明感のような儚さがひしひしと感じられた。

「大丈夫か?」

「・・・、・・・」

「おい、なんとか言えよ」

「・・・・ぁ」

土の上にペタンと座った青年は、ぼんやりと片桐を見返している。

けれど、言葉らしい言葉は返っては来なかった。

痛いも苦しいも言わず、それどころか面もちからも感情らしい感情が伝わってはこない。

だからこそだろうか。

表情のないその青年は、まるで人形のようであった。

土で汚れた黒い髪は風に揺られて柔らかく、黒目がちの大きな瞳もほっそりとした顎も細い眉も、どこもバランスよく整っており綺麗だ。

もしも常からこのように表情のない澄まし顔でぼんやりとしているなら、あまりに作り物めいたその雰囲気に、馬鹿な子供の標的にされてしまったのも解らないでもない。

加えてもう一つ。

「おいお前。さっきの餓鬼に何かしたのか?」

「してない」

「そうか。・・・だよな」

本当にこの青年は何もしていない所を襲われたのだろう。

外見からそう判断をしてしまったのは、青年の風に揺れる手首丈の片袖が。

ダラリと土の上に下ろされている先ほど頭を庇っていた腕とは反対のそこからは、青年のもう一方の腕が存在しない事を教えた。

綺麗な顔をした、けれど表情のない、片腕の青年。

その姿に片桐は目を反らす事が出来なくなっていた。

視線が惹きつけられてならないのは、腕の無い風になびく袖ではなく、ただ綺麗な面持ち。

こんなにも綺麗な男は初めてだ。

「お前・・・」

「いち」

「は?」

「いち、だから」

「何言ってんだ?」

片桐を見つめながら告げた青年の言葉の意味は解らなかったが、ただ青年は声までもが綺麗なのだとは知った。

呆然と青年を眺めるばかりの片桐の前で、その彼は立ち上がると手首を振った。

その仕草の意味も、やはり片桐には解らない。

「なぁ、おい・・・・」

青年を追うように片桐は立ち上がる。

しかしその時には、青年は風のように軽い足取りで公園から出て行ったのであった。



*目次*