花、香る+++4



片桐とは別のところで疑問を感じている様子の新垣であったが、諦めたようにため息を一つ吐いた。

「お前が組に入ったら紹介しねぇとなぁと思ってたから丁度良い。それは俺の息子だ」

「・・・ぇ」

「見ての通り片腕がねぇ。それに、今年22になるが発達障害ってやつもあってな。いつもなら初対面の人間とは目も合わそうとしねぇんだが・・・」

聞けば聞くほど、不思議と驚きは沸いてこなかった。

それよりもただ、納得ばかりを感じる。

新垣の息子であればこの屋敷に居ても不思議ではないし、突然部屋に入ってくるという無礼な行為が咎められないのも同じくだ。

「・・・、それがなんでお前にはそんななんだ?」

「俺にも理由は・・・」

「さっき一は待ってたつってただろ。あれはどういう事だ?」

「いえ、それも俺には・・・」

「いち、来て言った。だから・・・・かたぎり、来た」

ぼそぼそと、けれど聞き逃せないその言葉に、片桐と新垣の視線は一斉に一へと向けられた。

『来てと言った』と一は言う。

だが片桐には言われた覚えはまるでない。

あの時はただ、まだ意味の解らなかった『いち』と何度か言われただけだと、そう考えていた時、片桐はふとある一つに思い当たった。

「もしかして・・・あの時、手を振ってたのがそれだったのか・・・?」

「いち、来て、した」

去り際の一が、確かに片桐に向け手首を振っていた。

ただブラブラと振られているだけのそれは、好意的に解釈して『バイバイ』なのかと思っていたが、一にとっては『おいで、おいで』だったようだ。

あんなもので誰が、ましてや初対面の相手が、一の意図に気づけるものか。

抑揚のない声も、表情のない声も、それが生まれ持っての障害───発達障害だと言われれば仕方がないが、解り難い事この上ない。

ため息をつきそうになった片桐は、けれど今は入会する直前の組織長の前だと態度を改めた。

一に対してもそうで、新垣の息子だと考えるなら慇懃な態度に出るべきだろう。

けれど。

「・・・」

「いち、待ってた」

ふと視線を向けても未だに片桐を見つめている一を、組長の息子だとかどうのという理由を抜きにしても、片桐には邪険に出来そうにはなかった。

大きくて純な光を宿す瞳が、人形のように綺麗な面立ちが、なんとも片桐の弱いところを突いて来る。

一には弱い。

これが組長の息子でなくとも、きっと強くは出られなかっただろうという気がしてならなかった。

片桐は男色家だ。

女ともSEXは出来るが男との方が相性が良いと思っているし、外観を好ましいと思うのはもっぱら男だ。

しかし男ならば誰でも良いという訳でもなく、興味のない男であれば身体を密着をされれば気色が悪いと思うし、殴り飛ばしたくもなる。

だが、一に対しては真逆の感情を抱いてしまっていた。

「片桐、さっきっていうのは何があった?ただすれ違っただけじゃねぇんだろ?」

「・・・はい、それが───」

鋭く飛ぶ新垣の声が、片桐を責め立てる。

新垣は一を可愛がっているのだろう。

一がこの部屋に入ってきて以来、新垣は一度も一の行動を叱っていないし邪魔な素振りを見せてもいない事からそれは確実だと思えた。

可愛がっている一と、まだ組員ですらない片桐。

信憑性は別として、片桐がどちらの言葉を尊重するのかは考えなくても解る。

もう言い逃れも出来ないと、片桐は一が暴行を受けていたところから此処へ至るまでを掻い摘んで話した。

もしもあの時、一が新垣の息子であると知っていたならあの高校生らへの対処は全く別のものになっていただろう。

「───、という訳です」

「・・・そうか。なるほどな」

話し終えると、新垣は考える仕草を見せ、納得をしたように頷いた。

「俺の息子とも知らねぇのに一を助けてくれたのか。すまない、礼を言う」

「大した事ではありません」

「だってのに、妙に一になつかせちまって悪い事をしたな。一、片桐はお前に会いに来た訳じゃない。俺と仕事の話をしに来たんだ」

それまで好きにさせていた一に新垣は諭すように言った。

これを『なつかれている』というのかは解らないが、一に腕を取られている事を片桐は苦痛には思っていない。

だが、世間の多くではそうではないのだろう。

22歳にもなる大人の男が取るには幼過ぎる行動は、気味悪がられる要因としては大きい。

「・・・新垣さん」

「解ったら向こうに・・・」

「嫌」

「一」

「いち、かたぎり、が良い」

「一、片桐はな・・・」

「いちと居るの、かたぎり」

掴まれた腕が痛い。

ぼそぼそとした抑揚のない声だというのは今も先も変わらないというのに、今の一からはどこか必死さが感じられた。

元から腕を掴まれても嫌だと思わなかっただけの好意を持っていた一にそのようにされれば、片桐の男としての性が刺激される。

いやいやと首を降る一の柔らかい髪が揺れた。

その仕草や存在が、言葉に表せられない程愛しくなる。

「・・・一さん」

「嫌だつってもな、片桐は・・・」

けれど内心の想いなど口に出来る筈もなく、片桐は眉間に皺を寄せる新垣にただ視線を向けた。

瞼を閉ざす新垣からは困惑と思案が伝わり、そうして暫しの沈黙の末、彼はようやく口を開いた。

「一の母親は、一が小せぇ時に育児ノイローゼでちょっとな。だから俺が一人で・・・いや、俺とうちの組員らで育てたんだ。だが、腕はねぇし発達は悪りぃし、母親はいねぇしヤクザの息子ときたもんだ。学校でもそのへんの道でもよう虐められててな。それに、一番多感な思春期に俺は五年も塀の中だ。そんなあれでな、俺は一に弱いんだ」

理由はともかくそれはどことなく察していたので驚くでもない。

第一、新垣が言いたい事の本題はそこではないのだろう。

口ごもり視線を揺らがせる新垣は、片桐を見ないまま続けた。

「・・・・。一には、護衛・・・というよりも世話係としてうちの連中をつけてるんだが、なんせコミュニケーションが苦手な子だから、どいつもこいつもなかなか長続きしねぇんだ。昨日も一人根をあげて、今は誰もついてねぇ・・・それに、一から誰が良いといったのも初めてだ」

「・・・新垣組長」

「片桐、少しの間だけで構わん。一の付き人をやったってくれんか」

「───はい、喜んで」

それは、即答であった。

許され望まれるなら、一の願いを叶えたい。

否、それは同時に片桐の望みでもある。

このヤクザの息子の、純な瞳を持つ青年の隣に居たい。

澄まし顔で新垣を見つめる片桐は、無意識のうちに捕まれている腕でそっと一の膝を撫でていた。

ここに来た時点で組に入会するとは決めていたし、そうであればどのような仕事であっても受け入れる覚悟はあった。

だがそれとは別に、一の付き人、一と共に過ごす、そこに迷いはない。

「片桐、お前・・・」

「少しの間とは言わず、一さんの望む限りお勤めさせて頂ければと思います」

「しかしお前、そんな簡単に・・・」

「始めは一さんにもご迷惑をおかけするとは思いますが、俺をご指名くださった事にお応えしたい。それと、しのぎの方ならパソコンさえあれば問題ありません。両立出来ます」

本音半分、ハッタリ半分。

何せ世話係と株を同時に行った事がないのだから本当に両立が出来る裏付けはなく、一にしてもそうで、誰も長続きがしなかったというのだから片桐が上手くゆく保証もない。

それでも、ハッタリを使ってでもその職務に当たりたかった。

他の男が一の世話係となるなど、そのような光景は見たくはない。

「・・・、かたぎり、いちと一緒?」

「えぇ、そうですよ」

そう言った瞬間腕が軽くなり、そして次の瞬間には片桐は全身が重くなっていた。

「ぅっ・・・」

「いち、嬉しい」

身体全体で圧し掛かるように、一の腕が片桐の首を絞めつける。

この細い身体のどこにこのような力があるのか、気を抜けば畳の上へ押し倒されそうだ。

だが、その一が愛しい。

「・・・こんな、一、初めて見たぞ。・・・助けられたのがそんなに嬉しかったのか?」

「さぁ、大した事はしていないのですが」

ただした事と言えば、出会った事。

後はむしろ、一が繋いでくれたのだ。

これから始まる新しい生活。

それは昨日までとも三年前とも全く違うものになるだろうと、片桐はすぐ近くまで顔を寄せている一を眩しそうに眺めたのだった。





*目次*