人生の門出・編・10



老若問わずカップルだらけのメインフロアを抜け、個室が並ぶ廊下へ通された。

細部まで気が配られた内装は華やかながら決してギラギラとした派手さではなく、落ち着いたおもむきで「人気のレストラン」と呼ばれる由縁が伺える。

「こちらです。」

ボーイが軽やかなノックをし扉を開けると、その向こうには白を基調とした窮屈さを感じさせない小部屋があり、中央に置かれた4人掛けの四角いテーブルに大治と沙耶子が並んで座っていた。

両親がめかしこんで来ている事に、ちらりと一見しただけでも三城はすぐに気がつく。

大治は一張羅のスーツで、沙耶子は冠婚葬祭にも使用する自慢のネックレスを着けている。

服飾・装飾品の類も余るほど持っているだろう両親がそれらを着用しているとは、ある種の誠意なのだろう。

「こんばんわ。恭一さん。」

「ひさしぶりだね。」

「ご無沙汰しております。」

立ち上がり幸田を向かえた大治と沙耶子は親しみが篭った口調で口々に挨拶を交わした。

和やかな雰囲気で始まった会食に三城も胸を撫で下ろす。

「お待たせしてしまいましたか?」

「いや、私たちも今来たところだ。」

「まだ何も注文をしていないの。恭一さんはどんな物がお好きかしら?」

メニューは人数分用意されているというのに、中央に一冊を広げた沙耶子は幸田に伺い、何の疑問も持たなかったのか幸田も誘われるがままそれを覗き込み、二人であーでもない・こーでもないと話し始めた。

四人しか居ない個室とはいえおおよそ高級レストランとは思えない、まるでファミリーレストランか何かのようにワイワイと沙耶子が盛り上げるので、恭一も釣られたように笑みを零し、緊張も薄らいだようだ。

「やっぱりお魚の方がいいかしら。あまり脂っこいのはねぇ・・・」

「・・・あ、お肉でもコレなんかだと・・・」

「あら、本当。やっぱり若い人は見る所が違うわね。」

正に「嫁と姑に取り残された夫と舅」状態の三城と大治は、「黙って見守る」を決め込み、沙耶子と幸田(と言うよりも沙耶子とそれに付き合う幸田だろうが)が満足いくまで沈黙を守った。

ようやくメニューも決まりオーダーを通す。

メインディッシュに鴨肉を使ったフルコースと、ソムリエお勧めのワイン。

旬のフルーツを使ったデザートも食べ終わり、食後のコーヒーが運ばれて来るとようやく三城が本題を切り出した。

「お伝えしたい事があるのですが、よろしいですか?」

「えぇ。改まって何かしら?」

全部解っているだろうに、沙耶子はわざとらしく首をかしげて微笑を浮かべた。

こちらを試しているのか、はぐらかしたいのか、本当に読めない人だ。

「以前お話いただいた養子縁組の件ですが、恭一と相談し、お願いする事にしました。」

「よろしく、お願いします。」

正確には幸田に相談など一つもしていないのだが、そんな事を気にもしないのか幸田は弾かれたように頭を下げた。

それに習い、三城もスッと腰を折る。

数秒の静寂がとても長く感じるあたり、三城も全くの平常心ではなかったようだ。

「えぇ、そう。決めたのね。私たちも嬉しいわ。」

沙耶子の弾んだ声に三城はホッと息を吐き、一仕事を終えたように肩の荷が下りる。

これでコーヒーも美味しく頂けそうだ。

「恭一くん。」

沙耶子と幸田が会話を遮るように、おもむろに口を切った大治が真剣に幸田を見つめた。

「私はね、正直、春海がこんなにもきちんとした恋人を連れて来るとは思わなかったんだよ。結婚はしないか、したとしても世間体を考えて利害関係の一致した面倒にならない女性。良くも悪くも距離感を保てる相手じゃないと春海と暮らすなんて出来ないと考えていた。
それはとても寂しい事だと心配していたのだけれど、どうやらその心配は杞憂に終わったようだね。」

大治の言葉を聞き、三城は眉を潜めた。

まさかそんな風に思われていたとは今の今まで知らなかった。

素行良好・勉強も仕事も人並み以上にやってきたつもりで両親に心配も迷惑もかけた事などないと思っていたのに、「親の心なんとやら」とはよく言ったものだ。

大治はスッと目を細め微笑むと、幸田に右手を差し出した。

「恭一くん、どうか春海をよろしく頼みます。」

「っ僕は・・・」

「恭一さん、私からも春海をよろしくとお願いするわ。けれど何かあったなら、どんな些細な事でも話してちょうだい。私たちはどちらの味方でもなく、二人の両親になりたいの。」

「・・・・・っ、はい」

震える手つきで大治の手を握り返した幸田の頬に熱い涙が流れ落ちた。

長い睫に雫が止まり、光を受けて反射する。

次々に溢れては頬を濡らしてゆく涙に、幸田はポケットから取り出したハンカチで目元を拭い、照れ隠しのように明るい声で笑って見せた。

「すみません。僕、恥ずかしいな・・・」

「あら、何も恥ずかしい事なんてないわ。嬉しい時の涙は女性だって男性だって美しいものよ。」

ゲイとして日陰に生きてきた幸田。

認められ祝福され、受け入れられる事の幸福は、誰よりも大きいのかも知れない。

細い肩を震わせる幸田をただ見ている事など出来ず、三城はその肩を胸に抱き寄せた。

「どうしよう、止まらない。」

「好きなだけ泣けばいい、ここには家族しかいないんだ。」

三城の胸に顔を埋め、幸田は必死に泣き止もうとしゃくりあげる。

どうして幸田は、そんなにも愛しいと思わずにはいられない仕草ばかりするのだろう。

たとえあの時出会わなくても、自分はいつか必ず幸田を見つけ、そして愛しているのだろうと今なら確信できる。

大治と沙耶子が微笑ましげに見守る中、三城は幸田の耳元で二人だけが聞こえるように囁いた。

「愛してる。永遠に離してなどやらないから、覚悟をしておけ。」

「っ・・・」

幸田の涙が暫く止まらなくなったのは言うまでもなく、両親の前で抱き合い続ける二人に「若いっていいわねぇ」と沙耶子の楽しげな呟きを三城だけが聞いていた。



 
*目次*