人生の門出・編・3



沙耶子の淹れた茶を飲みながらの他愛も無い会話は突然終わらされた。

「──そう、それぞれ書斎を持てたのね。素敵な間取りだわ。それはそうと・・・・、あのマンションは、貴方の物なのよね?」

楽しげにも聞こえていた沙耶子の口調が鋭い物へと急激に一変し、その表情にも全く笑みが残ってはおらず、恐ろしくすら感じられる実母を前に身が竦む思いがした。

ここからが本題なのだろう。

「えぇ、そうです。恭一と共有財産にすると贈与税の問題などもありますから・・・」

「そうよね、それが日本の法律の融通の利かないところだわ。なら、もしも貴方が亡くなったとしたら、恭一さんは住む所を失うのね。」

「っ・・・・。」

確かに、いくら「二人の家だ」と言ってもあの家には幸田のサインなど一つも無く「無償で住まわせている」状態でなので、沙耶子の言う通り万が一の事があれば、あのマンションは両親の物となる。

この両親が幸田に「今すぐ出て行け」などと言うとは思いがたいが、三城がいなくなった後に幸田が住みにくくなるのは必然だろう。

「それだけじゃないわ。車も貯金も貴金属も。二人で共用していた物だって恭一さんには何も残らないわね。」

「遺産」「財産」というものの線引きがどうなっているのかはわからないが、目の前の沙耶子は法律家だ。

彼女がそうと言うのならきっとそうなのだろう。

「・・・・・遺書でも書けと言うのですか?」

「違うわ。」

「けじめをね、つけたらどうかと言いたいんだよ、私たちは。」

これまで黙っていた大治が、茶を啜りながらのんきな口調で言った。

「けじめ、ですか?」

「あぁ、そうだ。指輪を渡して、私達に「嫁」と紹介した。そのうえ自分の将来よりも彼を尊重し、二人の為の家を買って住まわせた。ここまでしているというのに、法律上は何の関係も無いただの他人だ。」

「・・・・」

二人がどれほど愛し合っていると尊重しても、それは法の前では無力なのだろう。

けれどそれは、同性結婚の認められていない日本ではしかたのない事だ。

「法に認められる手続きをしろとおっしゃるのですか?つまり養子縁組でもしろと?」

「さすが春海だ。察しがいいな。」

「やはり・・・。養子縁組は同性愛者の間ではポピラーな方法らしいですが、俺はあれは嫌です。恭一とは対等な立場で居たい。仮にも「親子関係」になど成りたくはないと、あいつも解ってくれています。」

「あら、誰も貴方と恭一さんに養子縁組をしろ、なんて言っていないわ。」

「・・・は?でしたら、何を・・・」

「恭一くんをね、私達の養子に入れればどうかと思うんだよ。」

にこりと微笑んだ大治は、まるで知らない国の言葉を話しているように三城にはすぐに理解が出来なかった。

両親の養子になる。

両親の子、つまり自分の兄弟になる。

三城には兄が二人居るので、冬樹や秋人も三城と同じ立場になるのだろうか。

「恭一さんは、ご両親が既に亡くなっていらっしゃるから、ちょうどいい、と言っては大変失礼だけれど、障害はないでしょ?」

「『幸田』の性を世に残す事はできなくなるが、彼も元々結婚をして子供を成す予定がないのなら問題はないだろう。」

「それに、細かい相続関係や冬樹・秋人との関係については任せないさい。揉め事にならないように、従来の夫婦に近づけるように私たちがしてあげるわ。」

「なんたってうちには法律のプロが沢山いるからね。」

事も無げに、いっそ冗談でも話すかのような両親を三城はじっと見つめた。

けじめをつけ、法的な手続きを行う。

世間に認められる男女の結婚とは違うが、幸田を自分の元に縛り付ける事は出来る。

それが二人にとって最善の方法かどうかは解らない。

「申し訳ありませんが、今すぐに答えを出す事は・・」

「えぇ、そうよね、人生の一大事ですもの。」

「慌てる事はないが、早く決める事も彼のためを思えば大切だと思うぞ。」

「はい。」

「ねぇ、春海。」

沙耶子が三城を見つめ、今日初めてではないかと思われる、心底優しげな笑みを浮かべて見せた。

その表情は鋭く瞳を光らせている時よりも僅かに年齢を重ねて見えるが、とても美しく眩しい。

「恭一さんの事を本当に愛していて将来を約束しあったなら、ずっとずっと気が遠くなるほど未来の事もきちんと考えるべきだわ。『愛している』の言葉だけじゃどうしようもならない事も沢山あるの。
大人同士のプロポーズを贈ったのなら、恭一さんを守りなさい。同性同士というのは確かに困難かもしれないけれど、それでも貴方や彼にも権利と自由と義務があるのだから、私たちが少しでも協力出来ると思うわ。」

「・・・・・」

この言葉を、もしも恭一が聞いていたなら、きっと泣いていただろう。

嬉しくて、苦しくて。

若くして両親を亡くした幸田が三城の両親を大切に想い、また暖かく迎え入れてくれた事を言葉に表す以上に感謝しているのだと、三城はしっかりと知っている。

「俺達の事を考えてくれてありがとうございます。けれど今は、前向きに検討しますとしか言えません。」

「それでいいわ。今日は恭一さんの初仕事でしたっけ?早く帰ってお祝いをしてあげないといけないわね。」

「えぇ、秋人兄さんの新しい店に予約を入れておきました。」

「そう。また感想を聞かせてね。」

「はい。では失礼します。」

三城はスッと立ち上がり、両親に向けるには深々と頭を下げ、見慣れた実家の応接室を後にしたのだった。



 
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