人生の門出・編・4



あの日から約一週間が過ぎ新しい週末が巡って来たが、三城は幸田に養子縁組の話しを伝えることすら出来ないでいた。

両親の好意を受けたいのか断りたいのかも決めかねており、こんなにも決断力が鈍るなんて全くらしくない。

幸田との日常の生活は至って良好で問題は何一つ見受けられず、「別れるかもしれない」などとは考えもしないが、けれど「何か」が三城を引きとめ、一方で「別の何か」が後押しをする。

「何をやっているんだ俺は・・・」

メリットとデメリットの計算は得意のはずなのに、今回ばかりは機能を果たしていない。

自宅近くの路上に車を駐車し買出しに出ている幸田を一人待つ三城は、ハンドルに腕と頭を預け盛大なため息を吐いた。

悶々とするくらいならさっさと答えを出すべきだ、と思っても現実はそう上手くは進まない。

三城の挫折の少ない人生の中で、またとないほどの苦虜に嵌ってしまっていたのだ。

考えを振り払うべく窓の外に視線を向けると、こちらへ小走りに駆け寄る幸田の姿が目に止まり、すぐにドアが開けられた。

「お待たせしました。」

軽く息を切らせた幸田が笑みを浮かべながら、もはや馴れた動きで国産のファミリーカーよりも低く深い座席に腰を降ろした。

「いや。買えたか?」

「はい、こんなのってどれにしたらいいのかいっつも迷います。」

何処か楽しげな苦笑を浮かべて見せた幸田の腕にはこの先にある花屋の包みに包まれた仏花が収まっており、小ぶりで左右対称に一対のそれは鮮やかな緑とそれに栄える白や黄色の花々が印象的で、仏花と知っていても尚明るい印象を受ける。

「行くぞ。」

「はい。」

車は滑るように走り出し、すぐにスピードを上げる。

高速道路に上がれば一層速度が増すものの、持ち前の運転テクニックで危なげな様子など微塵も見せない。

土曜日の昼間から二人が、──仏花を抱え向かっている先は、神奈川県の山中にある幸田の両親が眠る霊園だ。

二人が付き合って半年以上が経つというのに、三城がそこに伺うのは初めての事だった。

幸田は1〜2ヶ月に一度の頻度で墓参りに訪れていると聞いているが、今までは二人の休日が合致する事も少なく、その為三城は「行かなければ」と言いながら先延ばしになっていたのだ。

しかし幸田の転職で互いの休日が同じ週末の二日となり、その初めての日である本日、幸田の新生活の報告を兼ねて一度一緒に行こうという運びになった。

対向車を追い抜きながら道なりにひた走る。

他愛も無い会話を交わしながらも、三城の心は微弱な動揺をみせていた。

これはただの墓参りで故人が眠る墓標があるしかなく、輪廻転生の類や霊の存在も信じてはいない三城はそこに幸田の両親が居るなどと思ってはいないのが、どうにも落ち着かない。

必要ない、と幸田に言われながらも漆黒に近い色のスーツと抑えた色合いのネクタイを着用してきたものの、それは単なる自己満足に過ぎない。

当の幸田は少し上等の普段着(つまり三城が与えたそれなりに値段がする物だ)姿で、薄手のパーカーにジーンズだ。

車窓の風景に木々が色濃くなり一般道に下りて更に山道を登っていくと堂々とした大きなゲートが現れ、それを潜ると広い駐車場と低層の建物が見え、その奥に広大な墓地群が広がっていた。

この霊園は近年に作られたらしく、幸田の両親の墓も先祖代々の代物ではなく、幸田が成人したのを機に父親が購入したのだと聞いている。

それから僅か一年もしない内に墓標に名前が刻まれるなど、誰も思いもしなかっただろう。

広い駐車場も土曜日とあってそれなりに埋まっていたが、墓地群に近い場所にスペースを見つけ止める事が出来た。

これだけ車が所狭しと駐車されているというのに、大半がファミリーカーの中で三城の愛車・メタリックブルーのBMWは目立つ事この上ない。

「駐車場所がわからなくなるとか無さそうですね。」

花を片手に車を降りた幸田は、周囲を見渡して真面目な面持ちで頷いた。

持って来た物はその花だけで、三城は事前に供え物を用意しようとしたのだがそれは霊園のルールで禁じられているらしく、それは野生の鳥や動物に有らされるのを危惧しての事らしい。

火事防止の為に線香も禁止で、こんな事で供養になるのかと、三城ですら思ってしまう。

地区分けをされている目当ての場所まで坂道を登り、到着すると片手を花で奪われている幸田の代わりに三城が桶に水を汲み柄杓を二本持ち、更に墓を目指して先を歩く。

同じ様な墓が同じ感覚で並んでいるというのに、さすがに幸田は慣れているのか迷う事無く真っ直ぐに向かった。

整備された砂利道を歩くジャリジャリとした足音が、妙に心地良い。

ふと見上げた空は、森林の緑と澄んだ空気のせいか東京の都心部とはまるで違っていて、透明感のある青が何処までも続いていた。



 
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