人生の門出・編・6



霊園を出て車で山道を下っている途中、来る時には気づかなかった展望広場を見つけ、三城は路肩に車を寄せるとエンジンを止めた。

「行ってみないか?」

「そうですね。へぇこんな場所があるんですね。知りませんでした。」

そこは木々の中にある少し拓けたスペースで、見晴らしは素晴らしいが他には街灯が一本あるだけで、ベンチ一つ無く他に誰も居なかった。

吹き抜ける風は優しく、眼下に広がる空と町並みのコントラストは美しい。

転落防止の柵まで来ると、三城はまるで視線のやり場に困っているかのように空を見上げた。

「こんな事くらい、簡単に言えると思っていたんだがな。」

「春海さん?」

幸田は三城の隣に並び柵に寄りかかる。

三城の唐突の言葉に困惑しているのか、眉を寄せた表情は不安げにも見えたが、三城の視界には映っていないだろう。

「考えている事が思うように言葉に出来ないし、正直動揺しているよ。」

「どうしたんですか?何か言いにくい事でもあるんですか?・・・春海さんがそんなって珍しいですね。」

「そうかもしれないな。」

苦笑を浮かべながら胸の隠しから煙草を取り出そうとしたが、指に箱が触れただけで手を引いた。

「だが、俺はお前が思っている程出来た人間でもない。」

「そんな・・・」

「いや、お前は俺を過大評価しすぎだ。冷静なモラリストで居たいと思ったところで、お前の前だと上手く出来ない。焦って、躓いて、それでも間違いを起す。」

「でも・・・」

「どんなにクールに決めようとしたって空回りになる。お前の良しとする物を全て把握できない。」

「何を、言っているんですか?」

「何だろうな。」

フッと、自嘲にも似た笑みを喉から漏らした三城は、隣から顔を覗き込もうとしていた幸田に向き直った。

撫で付けていた前髪を崩すように掻き上げ、10cm上から幸田を見下ろす。

「恭一は俺のモノだと言いながら、いつも何処かへ消えて行ってしまうんじゃないかと恐怖に駆られている。お前の未来や夢を応援しながら、どこかに繋いで誰からも隠してしまいたいと願ってしまう自分も居る。
醜い感情に支配され、どうしょうもなくなる時が沢山ある。」

それだけじゃない。

言えば言い足りない程もっと沢山良くないモノを持っているだろう。

今まで他人にどう思われても構わなかった。

仕事や自分の良しとする物事で満足のいく結果を出せたなら、それが全てだと思っていたというのに。

そんな物よりも譲れないモノが出来てしまった。

「それでも、そんな俺でも良いと言ってくれるなら、三城の籍に入ってはくれないか?」

「・・・・・・・え?」

驚きに目を開いた幸田は、固まったように動かない。

「もう、お前を一人にしない。俺だけじゃない、父さんも母さんも、きっと兄さん達も。お前の帰るべき場所になるだろう。」

「それは、どういう・・・・籍って・・・・」

「愛している、恭一。お前を縛りたい、すぐに離れられない環境においてしまいたい。そんなみっともない俺の願いをきいてはくれないか?」

プロポーズというよりも懇願だった。

どうか、是非、お願いだから、心から俺のモノだと言わせてくれ。

たっぷりと数分間の沈黙は、三城の心臓を壊してしまいそうな程鼓動を打ち鳴らす。

答えを急かしたいと思う一方で、望まない答えなら聞きたくは無いと、情けないほど弱い感情も沸き起こった。

「だって・・・でも、僕達は・・・・」

「嫌か?」

「───。」

ゆるゆると首を左右に振る幸田の頬を、涙が零れ落ちていく。

目元は赤く色づき、顔を歪めて歯を食いしばる姿すら可愛くて愛しくて、三城は両腕でしっかりと抱きしめた。

「側に居てくれ。側に居ると、約束をしてほしい。」

「居ます、僕はずっと。死ぬまで、ずっと。三城さんの側にだけ、居ます。」

計り知れない幸福と安堵感が全身を満たす感覚に陥り、「良かった」「嬉しい」と有触れた言葉ばかりが頭の中を駆け巡る。

「・・・・・・ありがとう。」

ありがとう、出会ってくれて、選んでくれて。

三城の背中で抱きしめ返された幸田の腕の力も強く、細く折れそうだけれどしっかりとした骨の感触が三城の中でとてもリアルに感じられた。



 
*目次*