人生の門出・編・9



激しい性交と旨い食事、そして惰眠を貪った後、日も高くなってから東京に戻った二人は、一旦は自宅に戻ったものの着替えを済ませ夕方には再び外出をするはめになった。

出かける場所も場所、目的も単なる遊びではないので、今度は二人ともがきっちりとスーツを着用した。

三城はシャツやネクタイも幾分カジュアルな組み合わせで髪型もラフなものだが、幸田は手持ちの中で一番上等な、入学式の時にと三城が誂えてくれたオーダーのモノを着ている。

オーダーとあって形も色も幸田によく似合っており、眺めるだけで贈り主としては至極満足出来る仕上がりだった。

「おかしくない、ですよね?」

車をパーキングに止め目的のレストランに向かう道すがら、幸田はショーウィンドーに写った自分を見つめて呟いた。

ネクタイの首元を弄り、襟を正す。

真面目な表情を作り眺めていたかと思うと、三城に向き直った時には眉を下げた情けない表情になっていて、それもまた可愛らしく映る。

「あぁ、問題ない。いつも通り綺麗だ。」

「綺麗っ・・とかじゃなくって!そういう事じゃなくて・・・」

「わかっている。大丈夫だ、とても似合っている。」

「良かった。凄く緊張してきました。」

「父さんも母さんも恭一を歓迎しているんだ。怖がる事は無い。」

「そうなんですけど・・・でも、やっぱり信じられない気持ちもあって・・・」

苦笑交じりに幸田は再びウィンドーを見つめた。

憂いだ面持ちすらも綺麗だ、などと思われているとは幸田は知らないのだろう。

幸田の緊張をよそに、至って気軽な三城は余裕有りげに微笑を浮かべた。

それというのも今から待ち合わせをしているのは、誰あろう三城の両親だ。

昨日の事───プロポーズの結果を伝える為「報告したい事がある」と電話をした所、「折角だから食事でも一緒に」という流れになり、現在に至る。

向かっているレストランは幸田との初めてのデートで訪れた店で、実は秋人が所有経営する店舗の一つだ。

三城の次兄・秋人は高級レストランからOL向けのカフェ、果ては二丁目のバーまで幅広い経営をしており、法的にも複雑になるのか顧問弁護士をしている長兄・冬樹が「面倒だ」とぼやいている。

「三城の籍に入る」という事が「三城の両親の養子になる」事だと説明したのは横浜から帰宅中の車内で、幸田は嫌な顔一つせず頷くとひっそりと瞳を細めた。

「旦那さんだけじゃなくて、親兄弟まで出来るなんて、考えたことも無いほど幸せです。」

幸田の言葉はやけに印象的で、三城の耳にしっかりと残った。

互いが居れば他に何も要らない───というのは思春期特有の勘違いだという事を、二十代も後半の二人は───少なくとも三城はきちんと理解している。

どうしたって二人きりでは限界がある。

頼るべき存在があるに越した事は無いし、自分一人ならばのたれ死のうが構わないが、守ると決めた幸田を本当に「守ろう」と思えばの選択だった。

日本人形にも例えられる容姿をしているとは言え、幸田は決して女々しいわけでも弱々しいわけでもなく、性癖以外は一般的な成人男性だとわかっているのに、どうにも庇護欲がそそられてしまうのは惚れた弱味だろうか。

久しぶりに訪れたレストランは以前と変わりなく「予約の取れないレストラン」で、華やかに着飾った男女が幸せそうな顔で店に入っていく。

そんなレストランを即日予約出来たのは、秋人と大治の間で何らかの取引があるのだろう疑惑は否めない。

「大丈夫か?行くぞ?」

「はい、もうウダウダしてても仕方がありませんし、大丈夫です。」

フーッと息を吐き出した幸田は、緊張感がにじみ出る、けれどだからこそ清潔感の溢れた笑みを浮かべた。

時計を見ると時刻は約束の10分前。

いい頃合だろう。

レストランの扉を押し開けると品の良いカウベルの音が響き、すぐに身なりの良いボーイが現れた。

「いらっしゃいませ。」

「予約の三城だ。」

「お伺いしております。個室に四名様ですね。お連れ様はご到着されております。」

教育が行き届いた若いボーイは、丁寧にゆっくりと話すと一礼をし歩き出す。

ふと隣を見るとなんだかんだと言いながら結局は表情を硬くする幸田が居り、思わず触れたい衝動にかられたものの、三城はそっと自分の左手を拳に握り締め堪えたのだった。



 
*目次*