村崎郁の相談室−01



とある街のとあるバー。

闇夜に紛れひっそりと佇むそこに、静かな明かりが灯された。

薄明かりの店内に、艶美な彼の笑みが浮かぶ。

黒髪に白いシャツ、シルバーグレイのベスト。

白く長い指先で、主・村崎郁はカウンターの向こうへとグラスを勧めた───



*******


ドアベルの音を響かせ、湯沢はバーの扉を引いた。

店内に入った途端辺りを見渡したが、カウンターの中の村崎以外誰も居ないそこに顔が強ばる。

あまりこういった場所に慣れていないうえに、村崎の真正面以外の席は照明すら灯されておらず、全くの暗闇では店の広さも伺わせない。

他にも席はあるのだろうが、その存在は不明確だ。

導かれるように、否、他の選択肢を殺されているように、湯沢は唯一明かりの灯る下にあるスツールを引いた。

「いらっしゃい」

「お邪魔、します」

「何します?」

「えっとじゃぁ、ビールで」

「待ってね」

村崎が立ったままカウンターの下へと手を向ける。

何をしているのかと見ていると、彼はただそれだけで手を引き、そして再びカウンターの上へと手を挙げた時にはそこにグラスビールとコースターがあった。

ビールを入れている仕草など少しもしていなかったが、それだけに如何にこの店が特殊であるのか知らされた気がする。

「どうぞ」

「ありがとうございます。・・・あの、此処に来たら人生相談に乗ってくれるって聞いたんですけど」

「そやよ。何でも言うて。僕が一生懸命解決策考えたるわ」

いつの間にか湯沢の向かいにもグラスビールが置かれており、それに細く白い指を伸ばし、村崎は柔らかい笑みを浮かべた。

年齢を感じさせない面立ちだが、村崎は三十代半ばだという。

湯沢よりも年長であるという事と醸し出す雰囲気に頼もしさは確かにあった。

「学さんの事なんですけどね。毎日毎日病院辞めろってしつこいんですよ」

「病院辞めて、家居れ言われてんの?」

「いえ、新しい病院作ってくれるって言われてはいるんですけど」

「せやったらえぇやない。新しい病院作ってもろて、やりたい時だけ働いたら」

「そんな、身勝手な」

村崎に感じた頼もしさは、幻想だったようだ。

思わずカウンターに手をつき身を乗り出しそうな湯沢は、けれど表情を変えずに悠然とするばかりの彼に高まる声を抑えた。

「僕は、手術がしたくて外科医になったんです。小さな個人経営の病院や診療所では無理です」

「そんなん、中里に言うたらいくらでもどないかしてくれるんちゃう?」

「え?」

「どこどこの手術したい、言うたら、その怪我人なり病人、作ってきてくれるんちゃう?」

「・・・怪我人を、作る?」

「そういうたら、湯沢さんは外科医なんよね。刺し傷とか骨折とかそんなん専門やったっけ?せやったら簡単に作れるやない。なんせ中里がナイフで一突きしたら───」

「そんな事、望んでません!」

さも楽観的に続ける村崎を制し、湯沢は声を荒げた。

手術がしたいからと怪我人を作る医者が何処に居るというのか。

否、どこかには居るやもしれないが、そんな非道な人種に率先してなるつもりはない。

もしもそれを中里に提案されれば、そんな相手とは暮らしてゆけないとヤクザに睨まれてでも逃げるだろう。

「そうなん?でもな、今の病院でかて、待ってたとこで好きな手術出来るとも限らんよ?」

「そうかもしれませんけど、好きな手術って・・・そりゃあるけど、でも・・・」

「好きなんやろ?手術。せやったら特に好みのんもあるやろ?それ作ってくれるんなんや最高の恋人やない?」

「でも・・・でも、俺はそうは思いません!」

今度こそ感情のままに叫んだ湯沢が、カウンターに手をつき立ち上がった。

いつか中里か遠藤から噂で聞いたのでのこのこ此処までやってきたが、どうやら時間の無駄にしかならなかったようだ。

村崎を睨みつけ、片手は自然と尻ポケットの財布へ向いている。

「もう良いです。帰ります」

「なんや、楽しいお喋りはこれからやのに」

「俺は何も楽しくありません」

ヤクザとは皆こうで、一見ヤクザに見え難くとも村崎周辺の香坂や花岡も同じ意見なのだろうか。

聞いてみたいような、恐ろしくてたまらない気もした。

湯沢が睨みつけても村崎は飄々としてみせるばかりだ。

最初から最後までつかみ所の無かった村崎にも苛立たしさを感じつつ、湯沢は紙幣を一枚カウンターに叩きつけるとバーを後にしたのだった。


 
*目次*