村崎郁の相談室−02



湯沢がバーを飛び出し暫くして、本日二度目の来客がドアベルを鳴らした。

「こんばんは・・・」

「こんばんは。いらっしゃい、どうぞ」

「あ、はい」

薄暗い店内をカウンターまで進み、夏樹はスツールを引く。

たまたま通りかかった路地で無性に引きつけられた店にふらりと入ったので右も左も分からなかったが、バーなどどこも似たようなものだろう。

背もたれが無いに等しく低いスツールに腰掛けるなり、カウンターに煙草を置いた。

「モスコミュールお願いします」

「はぁい、待ってね」

カウンターの中に唯一居るバーテンダーの男・村崎が作られたように綺麗な笑みを浮かべる。

それがどこか異質で、更にカウンターの下に向けた手の少ない身動きだけで何かをしている様は更に異様さを引き立たせていた。

しかし、己が世の多くを知っているとは到底考えていない。

彼にそれ以上の感想を持たないまま、夏樹は店内を見渡した。

「静かなお店ですね。BGMもないんですか」

「そぉなんです。BGMて邪魔やあらへん?それより、僕と喋った方が楽しい思うよ?」

グラスがコースターに触れる音が聞こえ視線を向けると、夏樹の前に白いコースターとモスコミュール入りのカクテルグラスが置かれていた。

透明な液体とライム。

見ているだけで涼やかなそれに口元が綻む。

「美味しそうですね」

「せやろ。それよりな、なんや悩みない?」

「悩み、ですか?」

「そぉや。うちはな、お悩み相談してるんよ。せやからBGMの邪魔な音もなし。分かる?」

「・・・あぁ、なるほど」

心底納得をしたかと言えば否であるが、何も理由を聞かされていないよりは余程納得は出来た。

グラスに指をかけ一口を飲む。

夏樹がそれをコースターに戻すのを待ち、村崎はカウンターへ肘をついた。

「で、無い?なんでも良いんよ。僕が相談乗ったげる」

「悩みですか。そりゃ、無い事はないですけど・・・」

現代社会に生きる者として、何も悩みも持たない方が困難だろう。

しかし、悩みには人に相談をして解決される物とされない物との二種類がある。

そして、夏樹が一番に思いついた悩みは、たぶん後者だ。

「あるんやったら言いや」

「や、でも相談したところで・・・」

「えぇって」

「でも」

「言うてみぃよ」

「んー・・・そうですか?じゃぁ。今度の公演で踊る曲なんですけど、なんかタイミング掴めなくって」

「・・・きょく?」

「それが、この間のリハーサルで先方がいきなり、こっちで用意した音源でやってくれって言い出して。それがそれまで俺が練習してた音源より微妙に遅くて。聞いてる分には差は感じにくいんですけど、実際踊ってみ───」

「そんなん、僕に言われても」

「・・・ですよね」

だから、言っても仕方がないと思ったのだ。

似たような経験は今までにもあり、腹立たしさは感じない。

愚痴に近い部類の悩みなどたとえ同業者であっても困るだろうと、夏樹は苦笑を浮かべアルコールで流した。

「それより、なんか男関係あらへんの?恋人、おんねやろ?せやなかったら此処、入られへん筈やし」

「え?入れない?」

「色々あってな。そんなんえぇんやって。なぁ、なんかあるやろ?なんも言わへんかったら、帰せへんよ?」

手のひらでカウンターを叩き、村崎は唇を尖らせる。

先ほどの質問は余程お気に召さなかったのか、不機嫌さはありありと伝わった。

「恋人は・・・居ますけど、悩み・・・ですか」

「あるやろ?なんも悩まんとカップルなんややってれるわけないわ」

「まぁ、そりゃそうですよね・・・」

一番はじめに思いついた悩みを却下されたのだ、次は「恋人関係」と限定された方が分かり易い。

恋人・黒川についての悩み。

あると言えばあるし、ないと言えばない。

あるというのは、それを言っては全てが終わりである気がする部類の悩みだ。

「これもあんまり・・・人様に言う事じゃ・・・」

「えぇよ、色恋沙汰やったら何でも」

初めはただ、「何でも」と言っていたが却下をされた気がする。

だがこの男に言葉の信憑性を説いても無駄に思えて、夏樹は駄目で元々だと頷いた。

「俺の恋人っていうのが、ヤクザなんですよ。それで、まぁ・・・この先どうなるのか、とか───」

「そんなん、差別やわ」

「・・・は?」

「ヤクザやからとか、自分はカタギやからとか、そんなんで差別したらあかん。皆、一生懸命生きてる人間なんよ」

「や、まぁ、そうなんですけど・・・」

暴力団対抗法。

暴力団撲滅運動。

そんな張り紙や呼びかけを町中でも見かける昨今、差別と言われるとは思わなかった。

呆然とし村崎を眺めると、視線の先で村崎はさも悲しげにしていた。

「ただでさえ、ヤクザ、ヤクザ言われて肩身狭い思いしてはるやろうに。せやのに恋人にまでそないな事言われて、不憫やわぁ」

「いえ、言ってはいませんが・・・」

「思てたら一緒やわ」

「・・・そうですか?」

何故村崎がこうもヤクザ贔屓なのかは夏樹には不明だ。

だが、二つ目の質問に関しては一応の答えを得られた気がする。

ふと唇を緩め、夏樹はグラスのアルコールを飲み干した。

「そうですね、あまり考えないようにします。ありがとうございました」

「は?僕はアドバイスなんや・・・」

「十分なりましたよ。ごちそうさまです」

カウンターへ紙幣を一枚置き、スツールから立ち上がった夏樹はまだ何か言いたげな村崎へ背を向けた。

黒川は黒川なのだから、ヤクザであろうが何だろうが今のところは気にしない事にする。

それが全てで、何より大切な事だ。

背中に視線ばかりが突き刺さる中バーを後にすると、夏樹は無性に黒川に会いたくなり来た道を戻ったのだった。




  
*目次*