村崎郁の相談室−03



三度目のドアベルが鳴ったのは深夜前だった。

「こんばんは・・・あ、郁さん」

「なんや理緒ちゃんやないの。どないしたん?座り、座り」

肩をすくめおどおどとしながら理緒がバーへ入ると、退屈げにしていた村崎がパッと表情を明るくした。

理緒は一人でこういった場所に来るのは初めてだ。

薄暗い店内は大人の雰囲気で、大きな声を出すのもはばかられる。

どう振る舞って良いのかも分からなかったが、見知った顔に安堵すると唯一光の中にある村崎の向かいの席に腰掛けた。

「今日はどないしたん?悩み事?」

「えっと・・・はい」

「何、もしかして静也に泣かされたかなんかなん?可哀想になぁ」

「ち、違います。静也さんはいつでも優しくて、その、泣くとかないです」

「そうなん?僕には、優しい静也の方が想像つかへんけどねぇ」

「静也さんは、いつでも優しいです・・・でも」

村崎が無言のまま差し出した茶色い液体の入ったグラスを遠慮がちに手にする。

一口唇をつけたそれはウーロン茶のようだ。

「あの、静也さんがたまに・・・よく、女の人の服を間違えて買ってくるんです」

「間違えて?」

「はい。それで、どうしたら良いのかなって」

「それ、スカートとかなん?」

「違います」

「せやったらよぉ、理緒ちゃん気ぃついたね」

「テレビ、見てて。よく似ているのを女優さんとかが着てて、それでもしかしたらって」

理緒の衣類は全て花岡から与えられた物で、それに不満はないし、彼の選ぶ物は全て品も質も良くむしろ分不相応に思える程だ。

だが、シャーベットカラーであったり、裾が広がっていたり、少々愛らしい過ぎるデザインではないかと思う時もあった。

「それで?それで、それ理緒ちゃん嫌なん?」

「え?」

「女性もんの服やったとして、理緒ちゃんそれ嫌なん?」

ふと顔をあげる。

その先で村崎は口元に笑みを浮かべているものの、瞳は決して笑っていなかった。

真摯に真っ直ぐで誤魔化しの利かない眼差しは、胸を鷲掴みにされたようだ。

「えっと・・・それは、その」

「嫌ちゃうんちゃう?」

「嫌、というか、その。静也さん、どうしてかなって」

「そんなん、静也わざとに決まってるやん」

「え?わ、わざと?」

あまりに村崎がサラリと告げるものだから、あからさまに動揺してしまう。

考えもしなかったが、言われると思い当たる面もある。

「あの静也が男物か女物か間違える訳あらへんやん。せやったら、わざとしかにないわ」

「そ、そんな・・・でも・・・」

「心当たりは、あらへん?」

「それは・・・」

初めて香坂や村崎と会った時、ジャケットの合わせの逆のスーツが女性の物であると花岡は知っていた。

他にも、コートも靴も、骨格の細い理緒はこれくらいでないと入らないと言っていた気もする。

「なぁ。そんなもんよ。静也もたいがい変態やから」

「へ、変態?静也さんがですか?」

「そうや。可愛い男の子に女の子の格好させたいって、立派に変態やわぁ」

「そ、そ、そうなんですか・・・静也さんが・・・」

二つ返事では頷けない。

だが村崎の言葉を強く否定も出来なくて、今朝見たばかりの花岡の面もちと目の前の村崎の笑みが交互に頭の中を駆け巡る。

「でもな、静也があんなんでも、理緒ちゃんは嫌いになったらんといたってな」

「嫌いになんて、そんな」

「そうか?せやったら良いんやけど、静也は凝り性やろ?そのうちパンティーやらキャミソールやら着てぇ言うようなるかもしらんけど、それでも嫌いならんといたってなぁ」

「パッ、パン・・・ですか」

あまりにストレートな村崎に、顔に熱が上がった。

しかし当の彼はやはり美麗な笑みを浮かべるばかりで、余計にドキドキと胸が鳴る。

「そ、それでも、僕は、静也さんを嫌いには、なりません、から」

「そうぉか。そりゃ良かったわ。僕も親友として安心したわぁ。・・・そういうたら、時間大丈夫?」

「え?あ、本当だ。もうこんな時間。帰らないと・・・」

「此処のお代は結構やよ。ほなね」

「え?良いんですか?でも・・・」

「理緒ちゃんからお金なんや取ったら、静也に殺されるわ」

村崎が細い指先で理緒のグラスを下げ、スマートな動作はつい目が惹かれてしまう。

グラスがなくなった事が良いきっかけだと、理緒は村崎を視線で追いながらスツールから立ち上がった。

此処へ何をしに来たのかよく分からないし、元は何の話をしていたのかももはやあまり思い出せないが、それはさしたる問題ではないだろう。

「お邪魔しました」

「またきぃや。静也にバレんようにね」

薄暗い店内のドアを開く。

時計の針は十二時を過ぎており、理緒はあわてて飛び出したのだった。

  
*目次*