クライン×北原・02

*注意*『』内のセリフは英語です。

それは急な要請であった。

北原はGW初めの日曜だというのに、ビジネススーツに身を包むと成田へ向かっていた。

(どうして自分が・・・)

不満はあれど口には出来ない。

本来業務外の命令であるが、理不尽だと思っても断れないのがサラリーマンの悲しい性か。

断ろうと思えば断れたのだろうが、それで上への印象を悪くしていたのでは意味が無い。

しかもそれが己の所属する会社の最高幹部クラス直々からの指令であれば尚更である。

ジャケットの袖から腕時計を確認した。

飛行機の到着予定時間まで30分。

十分に間に合う時間だ。

それにしても、なぜその役目が自分に回ってきたのかが解らなかった。

C&G本社のCMO(最高広報責任者)であり、社長ローラン・クラインの息子レイズ・クラインが日本支社に視察に訪れるというのだ。

それは一向に構わないのだが、彼のサポート役として北原が指名されたのである。

本社のそれも他国の人間の「視察」など「接待」と言い換えて語弊はないだろう。

C&G日本支社はつい先ごろ、上層部の不正が発覚したばかりだった。

いわゆる横領。

それに関与していた幹部連中が纏めて処分されたので、現在日本支社の上はがら空き状態だ。

その為、幹部が居ない現状では彼を迎え入れるに適した人材が少ないというのは解る。

だが、それでも他にいくらでも適材は居ると思うのだ。

たかだか部長補佐クラスでしかない自分でなくても良いのではないか。

北原は流れ行く車窓の風景を睨みつけた。

何も休日を潰された事を怒っているのではない。

どんな理由であれ、会社が自分を頼ってくれるのは嫌な気分ではなかった。

だが、接待は苦手なのだ。

子供の頃から「愛想がない」と散々に言われ、気の利いたセリフの一つも口に出来ない北原は、「社長の息子」なる彼の扱いが解らないでいた。

本社ではむしろ、「社長の息子」ではなくCMOとして評価されていると聞いてはいるが、だからと言って幹部であるには違いない。

自分の非礼は三城の評価として繋がってしまう。

彼の不在中にそのような事があってはならない。

「・・・気が重い」

深いため息を吐き出し、扉に頭を預ける。

接待が苦手、という事は営業職も向いているとは言い難く、その為現在のように誰かのサポートに回るというのはとても性に合っていた。

優秀すぎるほど優秀な上司の下で働くのは、なんともやりがいのある仕事だと思っている。

電車がホームに滑り込む。

北原は颯爽と車両から降りると、少し早足に改札へと歩いて行ったのだった。


****************




成田空港・国際線到着ロビー。

大きな電光掲示板がローランが乗っている飛行機の到着を知らせた。

彼に会ったのは過去に一度だけ。

ニューヨークでおこなわれた何かのパーティーの時に、三城そしてクライン社長に紹介をされたのだ。

すらりとした体躯に金髪碧眼は絵に描いたような「アメリカ人」像そのもので、映画俳優のように整った面持ちをしていた。

自分も大概に愛想の良いほうではないと思っているが、クラインも同じくであったと記憶している。

無愛想と言うよりは無表情で、冷ややかな相貌はきっとビジネスにおいてとても厳しい人なのだろうと感じた。

「・・・そろそろか」

入国手続きやなんやとこなし出てくるには少々時間が必要となる。

呟きの後にゲートが空くと、その人波の中に彼を探した。

日本の祝日が集まったGW真っ只中という事も有り、空港内の賑わいの中でも到着口だけは普段よりも閑散としたものだ。

「・・・・」

スーツよりも普段着が多く感じられる人ごみの中、クラインはすぐに見つける事が出来た。

様々な人種が入り混じっていても、頭一つ身長が高く類稀なる容姿をしている為これほど解りやすい事もない。

北原は、身体にあったスーツをビシッと着こなすクラインの元へ真っ直ぐに歩いた。

『こんにちは、C&G日本支社海外食品営業部部長補佐・直哉北原です』

クラインの前に立ち彼と視線を交えると、北原は事務的な口調で言った。

CMOを前に緊張をしているかと問われれば、少なからず「イエス」だろう。

虚勢を張ったような営業スマイルをなんとか浮べ片手を差し出したというのに、クラインはそれに応える事も無くいっそ冷淡な表情で北原から視線を反らせた。

『出迎えは君だけなのか?』

空中で遊んでいる手を、どうする事も出来ず下ろす。

笑え、とまでは言わないものの出した手に触れ合う程度の挨拶を返すのは社会人としてのマナーではないのか。

『・・・申し訳ありません』

自分を呼びつけたのは本社の幹部だろ、と言いたいのを必死に抑える。

出来るならば北原だって来たくはなかった。

このような状況に上手く立ち回れないので「接待」は嫌なのだ。

小さく頭を下げる北原に、けれどクラインはそっけなく続けた。

『悪いとは言っていない』

『・・・』

顔を上げてもなお、反対側を向いているクラインからは何も感じ取る事が出来ないのだった。




  
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