クライン×北原・09


*注意*『』内のセリフは英語です。

焦りは間違った判断を招く事がある。

だが、今まで気づけなかったものを教えてくれる時もあるのだと思う。

休憩時間を向かえ仕事にキリを付けた北原は、社屋の外を目指す人波に逆行するように、海外営業部第一課を目指していた。

現在は三城付きという扱いである北原の所属はこの海外営業部第一課であるのだが、オフィスに顔を出す場面は極めて少ない。

本来のこの部署の仕事をしていないというのが一番の理由であるが、更にロッカーは時間効率を考え三城の近くの物を借りているし、デスクはここにしかないものの北原個人で管理しなければならない書類などは皆無に近いが故に利用もしていないというのも要員だ。

久々に、それも慌てた様子の北原に同僚達は不思議そうな視線を向けるものの何も言っては来なかった。

部署の中でも特別な立ち位置の北原を、同僚達はあまり快く感じていないのかもしれない。

更に最近はクラインの件で有名になってしまい、初めて北原を間近で見たのだろう新入社員と思われる若者二人がなにやらこそこそと言い合っている。

そんな周囲の様子など微塵も気にせず、久しぶりに会う課長に会釈すら寄こす事無く、北原は己のワークデスクに来ると上から順に引き出しに手を掛けた。

ここに入れた筈なのだ。

いつだったか、使う事も無いだろうと貰ったまま入れてそのまま触っていない。

最低限の文房具とビジネスツールだけがガサガサと揺れる引き出しを開けては閉めをしていると、三段目でようやく目的の物を見つける事が出来た。

白地に赤いラインが入り、グループロゴと会社ロゴがプリントされた凡庸サイズの封筒。

厚みの殆ど感じられないそれを手にすると、そっと中を覗いた。

中身も変わらずそのままだ。

「・・・・」

良かった。

安堵感がため息を誘う。

大した理由があった訳ではない。

ただこれの存在を思い出し、ずっと仕舞ったままであるのも申し訳ないと、それならば今使用すれば良いのではないかと考えただけだ。

そう、ただ「あったから」誘うだけなのだ。

言い訳にもならない弁明を胸の中で一人繰り替えし、北原はその封筒を胸の隠しに忍ばせオフィスを後にした。

急がなくては昼食を食べ損ねてしまう。

何を食べるかなど考える余裕もなく、気もそぞろにとりあえずエレベーターを下降したのだった。



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結局昼食は社員食堂のBセットにした。

社員食堂は当然と言えば当然なのだが人が多く集まる為、それが嫌であまり利用しないのだが今はそんな繊細な悩みを抱えている暇もない。

午後からもクラインはデスクワークに没頭するだろう。

そして北原は書類や資料を持って走り回る筈だ。

いつもと変らない、ビジネスライフ。

胸の封筒が、やけに重い。

思えば学生の頃から恋愛には疎く、というよりも興味が持てず、周囲の同級生がデートだなんだと話しているのをどこか餓鬼臭いと遠くで聞いていた。

それでも大学に在籍している頃は何度か彼女らしいものも出来デートもしたが、どの女性も長続きする事無く相手の方から断りを入れてきた記憶がある。

北原自身に自覚はなくとも、一般的に「美人」と分類される容姿をしている為言い寄る女性は多くはあった。

だが元来の無愛想さ故に「一緒にいてもつまらない」と言い捨てられ、そのような噂が広まるのは早いもので、大学生活も後半に入る前からお誘い自体が無くなっていた。

それを寂しいと、ましてや彼女や友人が欲しいと思わない辺りが北原だ。

社会人になってからは学生時代以上に出会いを求めなかった結果、今の年齢となって「大人のお付き合い」は未経験である。

食事をしているというよりは、ただ口に入れて喉を通すという行為を繰り返し、半分近く料理が残されたまま席を立つと盆を持ち上げた。

食後にコーヒーを飲みたいが出来るならば人気の少しでも少ない場所が良い。

壁掛け時計で時間を確認した北原は外の空気を求めてエントランスへ足を向けた。

その表情は厳しく、まるで何かに挑むようにも感じられたのだ。



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午後の業務が始まる少し前にクラインの事務室に戻ると、北原に気がついた彼はフッと笑って見せた。

デスクの上には既に書類が広げられており、彼は既に仕事をしていたようだ。

初めはあれほど無表情だ無感情だと思っていたというのに、今となってはそんな風には思わない。

クラインが表情豊かになったのか、それとも北原に読解力が備わったのかは不明である。

『ナオヤは時間に正確だな』

『・・・いえ』

クラインが何か言っているが、まるで頭に入ってはこなかった。

視線が定まらない。

それどころかオドオドとしてしまい、いっそ挙動不審な仕草でクラインの前に立った。

きっと彼はそんな自分をおかしく感じているかもしれない。

そうとは思えど、スマートに出来るならば初めからそうしている。

『どうかしたか、ナオヤ?』

眉を寄せながらも真っ直ぐに見つめてくるクラインを、北原は持てるだけの勇気を振り絞り視線を返した。

彼も今までこのような気持ちだったのだろうか。

いや、きっとそれ以上の緊張と恐怖を感じていたに違いない。

『今夜、お食事に───行きませんか?』

口の中が乾ききっている。

言った。

言ったぞ、と心臓が痛い程にうち鳴らし、頭の中が真っ白になる。、

目の前のクラインは───呆けたように北原を見つめ返すばかりであった。




 
*目次*