クライン×北原・11


*注意*『』内のセリフは英語です。

社屋から徒歩で向かえる距離に目的のレストランはある。

事前情報などほぼ無い中で訪れたが、その絢爛な様子は連日のレストラン以上で、改めて三城の兄なる人物の凄さを思い知らされた。

料理もそれは絶品ではあったが、残念ながら北原にはその味の半分も理解出来ていない。

焦燥と勢いに任せてクラインを食事へ誘ってしまったものの、この後どうするのか又どうしたいのか、という目論みは立っていなかった。

彼を誘った、という事に満足してしまっていたなど計画性がないにも程がある。

その上、「お誘い」に今生全ての勇気を使い果たしてしまったので、これ以上なにかアクションに出るなど出来ない。

いつもに増して会話が交わされない食事は進み、ますます焦りが募った。

普段ならば苦にならないはずの沈黙も、今回ばかりは嫌に重苦しい。

皿とカトラリーがぶつかる小さな音と離れた場所から聞こえる物音を耳にしながら、目の前のクラインをチラリとも見も出来ずに黙々と料理を口に運ぶばかりだ。

こんな事ならば自ら誘わなければ良かったのではないか、とまで考えたその時、おもむろにクラインが切り出した。

『単身日本支社に乗り込むと決め時はどうなる事かと思ったが、ナオヤのおかげで無事滑り出しは上手くいった』

『・・・いえ、私は何も』

『ナオヤのサポートは迅速で的確だ。なるほどこれではハルミが手放さない訳だとすぐに納得が出来たよ』

温かみのあるクラインの声音。

今、彼はどのような表情を浮べているのだろうか。

とても気にはなったが、北原は皿の上のメインディッシュから視線を外せずにいた。

『だが、私もナオヤが欲しくなってしまった。もしも選べるとするならば、ナオヤはどちらのサポートに付きたいだろうか?』

『・・・それは、ビジネスとして、でしょうか?』

『もちろんだ』

『私は・・・。私はサラリーマンですから。誰に付けと言われてもそれが上からの命令でしたら従います』

すました顔で言い捨てると、フォークに刺さったままだったモノを口へ運ぶ。

さも正当だとばかりに口にはしたが、内心そんな物は嘘だ。

ただ三城とクラインを比べる事が出来ないというだけであり、もしもそれが別の人物ならば話は違っていた。

彼らはどちらも有能過ぎる程有能で、北原のサポート力が存分に発揮出来るのもそれ故である。

『そうか。ナオヤらしい答えだ』

そろそろと、恐る恐る視線を上げてみるとクラインは目を細め苦笑を漏らしていた。

「仕方が無いな」とばかりの面持ちはこれでもかと優しげで、初めて会った時はどんなに無感情でいっそ冷徹な人物なのかとまで思ったというのに。

今の彼にはそんな感情は一切持ち得なかった。

彼の優しさや暖かさは、この数日で十分に理解出来ている。

と、思った矢先。

続けられたクラインの言葉は、声音こそ優しげであるが意地の悪い響きが含まれていた。

『では、プライベートならばどちらと過ごしたいか、と聞けばナオヤ答えてくれるだろうか?』

『・・・。はい、考えるまでもありません』

皿の上で休ませていたフォークから完全に指を離すと、両手を膝の上に置き真っ直ぐにクラインを見つめる。

青い瞳がガラス細工のように美しく、その中へ引き込まれてしまいそうだ。

何度その瞳に見つめられ、「好きだ」と囁かれただろう。

その度に北原は顔を背けては答えから逃げていたけれど、今日は違う。

あれ程までに惹かれていた三城。

けれど、今思えば彼と日常を過ごしたいと考えた事などなかった。

それどころか、北原が好きだったのはいつも冷静で鋭く未来を見通している彼であり、一度自宅を訪ねた際にパートナーに向けていた柔らかい笑みではない。

どちらも彼だというならば、北原のそれは「恋」とすら呼べないただの憧れだったのかもしれない。

ビジネスにおいて、同性の男として。

だが───クラインは違う。

『僕はレイズを選びます。プライベートにおいて貴方と誰かを比べるなんて事はもうないし、貴方の───レイズの特別になりたい』

口にした瞬間、その唇が、頬が、緩んだのだと解った。

オフィスでの北原しか知らない人物ならば一様に驚くであろう、柔らかい笑みが浮かぶ。

とても恥ずかしく照れくさかったけれど、なんとも言えない満足感で満たされた。

あぁ、言えた。

これが自分の本心なのだと、今ならば胸を張れる。

まともにクラインの顔が見れずに俯いてしまうと、前方でガタンと椅子が引かれる音が聞こえた。

「へ?・・・あっ・・」

顔を上げるよりも早く、身体が熱に包まれる。

それがクラインの胸や腕であり、抱きしめられているのだと気がついた時には身動き一つ取れなかった。

『レイズ?あの・・』

『ありがとう、ナオヤ。愛している、大切にするから。何よりもナオヤを大切にするから・・・』

人目を気にもせず、喉を詰まらせながらクラインは耳元で熱い言葉を残した。

まるで泣いているのではないかと思ってしまうような声音だったが、抱きしめられている今それ確認をする事は出来ない。

『レイズ・・僕もその・・ですが、ここではちょっと』

『あぁ、そうだったね』

大の大人の男の抱擁シーンは大変人目を惹いたけれど、幸いというべきか金髪碧眼でどこからどう見ても「外人」のクラインが相手だった為、周囲の人達はアメリカ式のパフォーマンス程度に捕らえてくれたようだ。

これが日本人同士ならば残りの時間どれ程針の筵だった事か。

申し訳なかった、と口にしながら席に戻るクラインの横顔は、今まで見た何よりも美しい微笑であるように北原には映ったのだった。




 
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