クライン×北原・12


*注意*『』内のセリフは英語です。

結局レストランの会計にはいつもの如くクラインが立ち、あれよあれよという間に北原は彼の宿泊するホテルの客室に居た。

都内有数のシティーホテルのスイートルーム。

同じクラスの客室になど何度も訪れた事があるというのに、北原にはこの部屋が特別違って見えた。

豪華ながら全体をシックに纏められているものの、どうにもキラキラと輝いて映るのだ。

どこからともなく甘い香りすら感じられ、メインルームの真ん中で珍しくもないくせに何故だか物珍しげに室内を見渡してしまっていると、不意に後ろから抱きすくめられた。

『待たせてすまない。少し本社へ連絡を入れたりとしなければならなかったのだ。だが、やるべき要件は全て片付いた』

「あっ・・」

今、クラインの腕の中に居るのかと思えば、ただそれだけで緊張と羞恥心に襲われた。

熱い吐息が耳元に掛かる。

そんな些細な事にすら、男性経験、否女性経験すらも無い北原は大げさなまでに背中を震わせた。

『ナオヤ・・・。ナオヤは本当に可愛い。外見は女神のように美しいというのに、内面はこんなにも愛らしいとは思わなかった。一目惚れではあったが、知れば知るほど惹かれていったんだ。ナオヤ、愛している・・」

『そ、んな・・』

一言一言が耳軸を犯すように、クラインの囁きやその呼吸が北原の身体を熱くする。

唇は意識していないと開いてしまいそうだし、視線は何処へ向けてよいのかも解らない。

すぐ側にある彼の面持ちを振り返りたく思えど、そうすれば逆にこちらも極間近で見られてしまうのかと考えれば実行に移せなかった。

自分自身を、外見が綺麗でもましてや内面が可愛いなどとも思わない。

無愛想で作り笑いの一つも出来ず、両親すら扱いに困っていたとうのに、彼の感覚は不思議だ。

指先一つ動かせずに俯くばかりの北原にクラインの指が触れると、白く長く男性的な美しさがある彼の手が、髪を払いその頬を愛しむように撫でた。

触れられた場所は彼の指が離れてもその感覚を忘れてはくれず、いつまでもジンジンと何かを主張している。

『ナオヤの嫌がる事はしない。今この腕を離せと言うならばそうしよう』

『そ・・そんな事は、言いません』

本当に北原が拒絶を見せるとでも考えていたのだろうか。

どこか切なげな様子の彼に応えようと搾り出した北原の声音は、おかしなまでに震えていた。

嫌な訳がない。

むしろ、久しく忘れてしまっていた人肌の温かさにとても安堵感を覚えているのだ。

けれどそれを口には出来ず、このままここに居て欲しいと想いを込めて北原は己を拘束する彼の腕に触れた。

『・・・ナオヤ』

感極まった彼の呟きを耳にしその腕に一際力が込められたかと思うと、次の瞬間身体が反転していた。

「あ・・・」

『ナオヤは本当に可愛い』

正面から向き合い、しっかりとまるで逃がさないとばかりにクラインは北原を抱きしめた。

これが同じ男なのかと嫉妬してしまうほど広く厚い胸に閉じ込められ、北原は小さく彼に擦り寄った。

なんて安心をする場所なのだろう。

安堵感を得ながらも強く打ち付ける胸の鼓動は、際限なく速度を速めていく。

このまま爆発してしまうのではないかと考えてしまう程、痛いまでに脈打つそれに拍車をかけるかのように、クラインは北原の顎先に指を添えるとそっと持ち上げ───唇を重ねた。

「っ・・・」

予測をしていなかったと言えば嘘になる。

それでも北原が驚き息を呑んでしまったのは、彼に与えられたキスが、考えていたよりもずっと優しい感触だったからだ。

微動だにしない北原の腰を、クラインは己の方へと引き寄せた。

深まった密着と口を塞がれたキスは少し苦しかったけれど、微塵も嫌だとは感じない。

「んっ・・」

自然と瞼が下がり、暗闇の世界で彼の感覚だけがリアルだ。

唇を啄ばまれると、そこが甘く痺れる。

何度もそうされたかと思うと、そこを彼の舌が舐め上げ、唇を割り口内へと侵入した。

あぁ、キスとはこんなにも気持ちが良いものなのだと初めて知った。

大昔、若い北原が数度交わした同世代の女性とのキスとは似ても似つかず、一括りに同じ名前で呼んでしまうのが申し訳なく思えるほどまるで別物だ。

どこまでも優しく刺激を送り続ける彼の動作全てから愛しさが伝わってくる。

愛されているのだと改めて実感してしまうと、涙が溢れてしまいそうに胸が震えた。

先ほどまでのようにむやみに鼓動が高まるだけではない。

幸せで、嬉しくて、胸が締め付けられるのだ。

「ふっ・・」

無防備に曝け出されていた北原の舌は、簡単にクラインに絡め取られた。

熱い粘膜がねっとりと擦り合わされると、全身に痺れが駆け抜ける。

上ずる呼吸。

強い快感に襲われれば膝の震えが無視出来ない程で、一人で立っている事が困難になり北原はすがりつくようにクラインの背中へと両腕を回した。

「あっぁっ・・」

みっともないと思いながらも唇の端からは抑えきれない声ばかりが漏れ、快感は同時に羞恥心を呼び、閉ざされた瞳にも熱を感じた。

こんな事ではいけない。

キスだけでこんなにも感じてしまうなど、彼は呆れてしまうのではないか。

回転が遅くなった頭にそんな疑問が沸き起こった頃、ようやくクラインの唇は離れていった。

「はっ・・ハァ・・」

潤んだ瞳はピントが合ってくれない。

ぼんやりとした視線でクラインを見つめると、彼ははっきりと柔らかい笑みを浮かべて見せた。

『ナオヤ、愛している。君の全てを、私に見せてはくれないだろうか?』

どこまでも、優しいだけの声音。

きっと彼は北原が「嫌だ」と言えばすんなりと腕を離してくれるだろうと、大切にすると囁いたあの言葉は本心からなのだと信じられる。

身体を密着させたまま、胸を反らし見上げたクラインの瞳はやはり青く澄んでいた。

この人が好きだ。

いつの間にか、大好きになってしまっていた。

『はい、もちろんです』

目を細め頷いた北原は、またもや唇を塞がれていたのだった。



 
*目次*