クライン×北原・13


*注意*『』内のセリフは英語です。

シングル・ルームだというのに大きなベッドが置かれている寝室で、北原はクラインに肩を抱かれていた。

間接照明だけが灯された薄暗い中、スーツのジャケットがクラインの手により脱がされる。

オフィスでは北原が彼に行っている行為を逆に施され、今がプライベートであり自分達は対等な立場に居るのだと心に染み渡った。

『ありがとう、ございます』

強張った声音に、北原の緊張がありありと表れている。

クラインに気づかれないように深呼吸をしてみても、緊張を解く効果にはならない。

初体験である事は事実だが高校生じゃあるまいし大きく構えていれば良いのだ、などと内心繰り返してもそんなモノただの虚勢だ。

むしろ、こんな年齢であるからこその不安を抱えているのだと、北原にも解っている。

北原のジャケットをハンガーへかけたクラインは自身も同じようにし、形良く締められていた己のネクタイを長い指を掛けて解いた。

薄い水色のカッターシャツの首元が緩められ、そこから伸びる白く太い首はなんともセクシーだ。

そんな些細な動作も流れるように上品で、思わず魅入ってしまいそうになる。

けれどあまり見つめるのも失礼だろうと、北原はネクタイを解く仕草で彼に背を向けた。

このまま全て脱衣をしてしまって構わないのだろうか。

それとももっと情緒というものを持った方が良いのか、タイミングが解らない。

たどたどしい北原の背後で、クラインがカッターシャツを脱ぎ捨てる衣擦れの音を聞いた。

早くしなければ。

これではまるで自分が躊躇っている風に捉えられてしまうかもしれない。

焦りから指を縺れさせながらようやくネクタイを外すと、北原がシャツのボタンに指を掛けるよりも早く、後ろからクラインの腕が伸ばされた。

「っ・・・」

『ナオヤ、私が君を脱がしても構わないだろうか?』

「あ・・・」

北原が返答を返すよりも早く、クラインが正面に回りこむとその襟元へ触れた。

器用な手つきで、一番上のボタンを外される。

『嫌か?』

『いえ・・・』

北原の呟きに、クラインが笑みを零したと知った。

男が男に脱がされるなど格好が悪い気がしなくもないが、彼が良いなら良いだろうと思える。

斜めに落とされた視線の先には彼の見事は身体が見えた。

鍛えられた腹筋に程よい筋肉が付き、無駄な肉がまるでない。

こんな肉体を持つ彼の前に裸体を晒すというのか。

裸を見られるという事自体を羞恥に思わないし、そもそも上半身だけならば海やプールに行けば男は誰でもそうだ。

だが、見られるのがクラインだと思うと、途端に恥ずかしいと感じてしまうのは何故だろう。

そこに性的な意味合いを含んでいるからか、それとも。

何もかもが己よりも優れて見える男は、手際よくボタンを外し終わると北原の腕からシャツを抜いた。

日本人にしては白い北原の素肌が彼の目前に露になる。

彼の視線が素肌に突き刺さるようで、北原は居た堪れなさからつい顔を反らせた。

今まで衣類に包まれていた肌が外気に触れ、ゾクリと産毛が逆立つ。

当然ながら女性のように柔らかな肉はなく、かといってクラインのように引き締まった筋肉があるわけでもない。

『レイズ、そんなに見ないで下さい・・・』

『何故?こんなにも、綺麗だというのに。もっと良く見せてくれ・・・私だけに』

彼の手が、北原の浮き出た細い鎖骨に触れた。

ゾクリと泡立つ感触と、燃えるような感覚が同時に訪れ不思議な気分だ。

「あっ・・」

『細いな。スーツを着ていてもとても華奢だと思っていたが、やはりナオヤはどこも細い。抱きしめた時、大切に扱わないと腕の中で壊れてしまうのではないかと感じてしまう程に』

『そんな・・・』

『それだけではない。とても柔らかくて、けれど無駄な肉はついていなくて綺麗だ。その上肌は少女のように滑らかで・・・』

過言過ぎる彼の言葉は、それが自分を示している言葉とは思えない。

抱きしめられた程度で壊れる程柔ではないないし、第一筋肉の付きにくいガリガリな身体はコンプレックスなくらいなのだ。

クラインに褒められれば褒められる程、いつかこの幻想から覚めた彼がガッカリ否、騙されたとすら感じてしまうのではないかと恐ろしかった。

『ナオヤ、これからはこの全てを私だけのモノだと言わせてほしい』

肌の上を滑っていたクラインの手が北原の腰に回され、裸の互いの胸を密着させるように抱きしめられながら、後ろにあるベッドへゆっくりと押し倒されていった。

上質なシーツの感触が、背中を包む。

『あ・・・レイズ・・?』

『何だろう?・・すまない、日本人とは手順が違うのだろうか?』

『いえ、それは・・・』

手順も何も解る訳が無い。

むしろ尋ねたいくらいだというのに。

『レイズ・・・』

彼に嘘や誤魔化しをしていたくはなかった。

そもそも隠そうなどとは全く思っていないのだ。

きっと、今ここで伝えるべきなのだろうと、北原は彼から視線を反らすと耳を澄ませていなければ聞こえないような細い声で呟いた。

『・・・初めてで。何も、解らなくて・・・』

『・・・ナオヤ・・まさか』

恐々としながらチラリとクラインを見ると、彼は僅かに目を見開いていたように思える。

それが何を意味するのか、感情を読み取る事が出来るほど見つめてはいられず、逃げるように瞼を伏せた。

羞恥心よりも恐ろしく感じてしまうのは、今更クラインに手を離されたくないからだろう。

24にもなって未経験など、面倒で重いと感じられても彼を責められない。

『この年で、恥ずかしいです。面倒だと・・・』

『初めてだと言うのは、男も女もだろうか?』

『・・・はい』

彼に見つめられるだけのたった数秒の沈黙は、とても長く感じられた。

呆れているか、幻滅してしまったか。

嫌だと感じたならば、いっそ早くそう言ってくれればよいのに。

塞ぎ気味だった瞼を完全に閉じた頃、拷問のような時間を破ったのは、包み込むクラインの体温であった。

『あぁ・・・ナオヤ。君がとても美しく見えたのは、本当に清らかだったからなのか。それを私が奪ってしまうのかと思うと・・・』

『・・お嫌、でしょうか?』

『まさか。なんて事を言うんだ、ナオヤ。私は君の最初で、そして最後のパートナーであると誓いたい。目を開けてはくれないか?』

最初で最後。

それはなんと甘美な響きを放っているのだろうか。

言われるがままにそろそろと瞼を持ち上げると、極近い距離にクラインの青い瞳が見つめていた。

『レイズ、僕はとても・・・怖かった。これを貴方に伝えるのが』

『何故?私は例えナオヤが殺人犯だとしても、嫌いになど成れないというのに』

「・・・っ」

優しくて、暖かくて。

瞼が熱くなる感覚に、己を叱咤した。

涙を流すには早すぎる。

『レイズ、愛しています』

精一杯の想いを伝えようと、クラインの背を抱き返したのだった。




 
*目次*