クライン×北原・17


*注意*『』内のセリフは英語です。

バロック絵画の天使が微笑んでいる。

ぼんやりとした眼差しの中で見た物に、あぁここはクラインが宿泊するホテルのベッドルームだった、と思い当った。

昨日の出来事がフラッシュバックして脳裏を駆け巡る。

告白、そして始めての性交。

思い出しても赤面物の数々で、起きて彼にどんな顔を向ければ良いのか解らない。

変にぎくしゃくしないだろうか。

「んっ・・・」

シーツに包まれた北原の身体は全裸で、後ろから抱きしめるクラインもまた全裸のようだ。

直接肌に触れるやわらかい布、そして彼の体温が心地よい。

瞼がまだじっとりと重く再び目を瞑ってしまいたくはあったが、長い息を吐いて北原は耐えた。

凄く長い時間眠ったような気がする。

とりあえず今の時刻を確認し二度寝を決め込むのはそれからだ、などと考えてしまう辺り北原の根の真面目さが現れているといえよう。

「・・・ぁ」

視線だけで辺りを見渡せど、このベッドルームには壁掛け時計がない。

腕時計はいつの間にか外されているし、携帯電話はスーツのポケット。

咄嗟に窓に視線を向けたが、厚い遮光カーテンが日の光を完全にシャットアウトさせているので今が昼か夜かも解らなかった。

ならば仕方が無い。

このまま目を閉じてしまうのはどうにも気が引け、北原は時計を探しに行こうと重い身体を起こそうとした。

「・・・ナオヤ、何処に行くのだ?」

「あ・・レイズ。起きていたのですか。ちょっと時間を確認したく・・・」

「そんな事か」

頷きながらも、けれどクラインは抱きしめる腕を緩まなかった。

北原に巻きつけられていない方の手をベッドヘッドへ伸ばし、そこに腕時計でも置かれていたのか時刻を読み上げる。

その彼の声が、寝起きの頭にとても凛と響いた。

「13時だ。モーニングを逃してしまったね」

「もうそんな時間ですか・・・」

普段ならば休みの日であっても昼過ぎまでベッドで過ごすなど無いというのに。

余程疲れたのか、それとも甘い感覚が目覚めを遠ざけたのか。

遅くまで寝ていたとしても特別何かに支障を来たす事がある訳ではなかったが、何気ない北原の呟きにクラインは声を落とした。

「すまない、ナオヤ。今日は何か予定でもあっただろうか?」

「いえ、特別は何も。普段長く眠らないので驚いただけです」

「そう、良かった。予定がないなら、買い物に付き合ってはくれないだろうか?ショップへ案内して貰いたいんだ」

「買い物、ですか?もちろん構いませんが・・・」

だが案内と言われたところで、クラインを満足させられる店をセレクト出来るかは疑問である。

彼が何を購入しようと考えているかは不明だが、何にしても高級志向である事は解りきっていた。

高ければ良い、というものではないだろうが、北原が妥当だと思う価格よりも「0」が一つも二つも多くても平然としていると思われる彼が納得する物を取り揃えている店へ案内出来るものなのか。

「何を買われるんですか?」

自分などよりも部長の方が感覚が似ているのではないか、と考えてしまったのは秘密だ。

「家具や家電や・・あぁ、生活用品もだ。いつまでもホテル暮らしという訳にもいかないからね。マンションは既に借りたのだが、まだ住める状態ではなくて」

「あ、そうですね」

すっかり失念していたが、言われればそうなのである。

クラインは一時的な出張で来日している訳ではなく、暫くの間は日本にずっと居るのだ。

そんな当たり前の事を改めて思い返すと、何故か不思議な気分になってしまった。

「・・・・マンションを借りていたなんて知りませんでした」

「契約などは休憩時間に行っていたからね。その時間、ナオヤは決まって何処かへ行ってしまう。隠していた訳でも隠れて行っていた訳でもないのだが、わざわざ伝えるのも躊躇われたんだ」

「・・・」

「まだ恋人ではなかったから、言えなくてね」

何を、とは聞けなかった。

休憩時間、北原が決まって足を運んでいた場所。

本来の北原の担当である事務室。

そこへ向かっていたのはただ他に行くべき場所が無かっただけなのか、別の理由があったのか、今となっては解らない。

「レイズ・・・」

「あぁ、もうハルミにナオヤを返さなくてはならないのかと思うと残念でならないよ。ナオヤは本当に優秀だ」

クラインは、しんみりとしていた雰囲気を一掃するかのような冗談交じりの口調で言って見せた。

抱きしめられていた腕に、更なる力が込められる。

彼の両腕の中に納まっていると、身動きが取れずに苦しいはずなのに、嫌だとは思えなかった。

「あ。そういえば、レイズの秘書は誰が行うのですか?本社から?」

「いや。専門の秘書を手配して貰っている。本来ならば初めからそうするか、本社から部下を連れてきても良かったのだが、どうしてもナオヤと過ごしたくてね。ハルミが居ない間借りてしまったという訳だ」

「・・・人を物みたいに・・・」

「ナオヤ、怒ったか?すまない。それ程私はナオヤに会いたかったのだ」

怒った訳ではない。

ただ、なんとなく嬉しくて恥ずかしくて。

赤面を隠すようにシーツに顔を埋めると、露になったうなじへ彼の唇が降り注いだ。

「後でプレゼントがある。喜んで貰えると嬉しい」

「・・・プレゼント?」

「あぁ、それよりも先にランチだね。───だが、もう少しこのまま居させてほしい」

「ん・・・・」

はぐらかすようなクラインの口調と共に、その唇が首筋を、背中を、柔らかく食んだ。

こんな時間まで裸でベッドの中に居るなど惰性な生活だと思う。

けれど、恋人と過ごす日常とはこんなものなのかも知れないな、と初めて恋が成就したばかりの北原は感じたのだった。



 
*目次*