三城×幸田・クリスマス・編・9



「おい、恭いっ、、、おい」

「、、、?」

言葉を濁して呼ばれた名前に、幸田は反射的に顔を上げた。

瞳が潤んでいる自覚はあったが、目の周りに塗りたくられたメイクを気にして拭う事もできない。

情け無い顔をしているだろうとも思うのだがどうにも出来ず、ただ涙が流れ落ちないようにとだけ神経を使う。

幸田の泣きそうな顔に驚いたのだろう。

視線の先にある三城は、驚くほどに動揺していた。

「そんな顔をするな。クソッ」

直ぐに苦々しげな表情になり極小さな声で呟かれたが、静かにBGMが流れるだけの店内では、しっかりと幸田の耳にも届いた。

最後に呟かれた言葉は、はたして自分に向けたものなのだろうか。

先ほどまでの不機嫌さとまた違う印象を受け、幸田は不思議そうに首を傾げた。

知らぬ間に涙は乾き、じっと三城を見つめていた。

やはり何か言わなければならないだろう。

黙っていて何かが伝わると思うほど、楽観的にも乙女チックにもなれなかった。

高級レストランとあって、テーブル同士の間はそれなりに広く、小声ならば声を聞かれる心配も少ないだろう。

意を決して唇を開きかけたその時。

「行くぞ」

不意に三城は立ち上がり、有無を言わさぬ態度でレジへと向かった。

いきなりの事に、幸田は三城の背中を呆然と見つめる。

普段ならいざ知らず、今日はレディーファーストを気取っていたのに急にどうしたのだろう。

疑問に首を傾げたが、じっとしている理由も無く、それに気づくと慌てて三城の後を追った。

走りそうにもなったが、自分の格好と場所を弁えて早足になる。

何事にも素早い三城らしく、幸田が追いついた時にはすでに店の外に居た。

今の三城の感情が解らず、恐々と顔色を伺うように近づく。

怯えが顔に出ているのだろう。

幸田を見た三城は困ったような顔になり、深いため息を吐いた。

「、、、悪い」

現金なもので、その一言で三城に対する恐怖は全く無くなっていたが、それが何に対する謝罪かはわからない。

不機嫌であった事か、急に店を出た事か、置いて行きぼりにされた事か。

首を傾げる姿で疑問を訴えてみた幸田に、三城はため息混じりに言った。

「頼むからそんな顔をするな。」

意味が解らず、慌てて両手で自分の顔に触れた。

そんな顔とはどんな顔だろう。

変な顔をしていただろうか。

「顔」とは表情という意味ではなく、「顔」そのものの意味で、やはり自分なんかがこんな格好をしても気持ち悪いだけなのだろう。

今からでも男の格好に戻るべきだ。

でも手元にスーツはない。

オロオロと何がある訳でもないのに辺りを見渡した。

とりあえず帰る旨を伝えなくては、と幸田は三城の肩に手を付いて背伸びをし、耳元に唇を近づけた。

「ごめんなさい、僕、、、」

言葉は最後まで言わせてもらえなかった。

三城の腕が幸田の腰に周り、強く抱きしめられてしまったのだ。

「わっ、、、」

背伸びをしていた為バランスは悪く、驚いた拍子によろけて三城へと体重をかけてしまったが、三城は動じる事無く幸田を受け止めてみせた。

一体何が起こったのか。

三城の感情の変化についていけない幸田は目を白黒させるばかりだ。

「あんまりそんな可愛い事をするな。我慢が出来なくなる。」

幸田の耳元で囁かれたのは、予想外の三城の切羽詰った声だった。



 
*目次*