真夏の夜の・・・編・10



傷の痛みさえ痛み止めでなくなっていれば、やはり入院生活は退屈だった。

初めの2日程はひたすらスマートフォンを弄っていたのだが、なかなか思うように動かないそれに辟易としている。

それでも、メール程度であれば少しはスムーズに打てるようになっているだろう。

元々ネットサーフィンを日常的におこなうタイプではなく、三城へのメールにしても過剰に送ろうとも思わない。

アプリケーションという物の意味は理解出来、便利そうであったり面白そうな幾つかを入れたが、暇つぶしにゲームをするのは最適に思えたもののそれにはまだハードルが高かった。

その為一通りスマートフォンのカスタマイズをしてしまえば、それ以上はもうする事も思いつかないでいる。

そうして今日は大してスマートフォンを弄る気にもなれず、恭一は退屈しのぎに院内を散歩した。

院内の散歩は毎日しているのだが、これまではただリハビリだと歩いていただけだ。

それを今日は中庭の端まで行ってみたり、売店へ行ってみたりとした。

虫垂炎の手術は食事制限がないので飲食は自由だ。

病院の食事だけでは口寂しく飲み物でも買おうと売店内を見て回っていた恭一は、ふとその一角で売られている物に目が止まった。

自宅にもそれがあるにはあるし、いくつも要る物ではないが、有ったところで特別困る物でもない。

缶コーヒーとそれを手にした恭一は機嫌良く病室に戻り、それを弄っていた。

「・・・、完成」

手の中の四角い物体を恭一は満足げに眺める。

六面それぞれに色分けされた立方体。

一面が更に九つに分けられたそれはルービックキューブだ。

「よし、もう一回・・・」

恭一は学生の頃からルービックキューブが得意だ。

ただ完成をさせられるだけではなくタイムも早い。

三城も学生時代に遊んだ事があると言っていたので以前タイムを競った事があるが、何度か挑戦しても三城は恭一に勝てなかった。

何事にも三城に劣ると感じていた恭一が、唯一三城にはっきりと勝てるのはこれだけだ。

とはいえ社会人となって久しい今は頻繁に遊んでいる訳でもなく、売店で見かけた時つい購入してしまった。

手のひらより一回り大きな立方体の少しの重み。

それがどことなく心地よくて、何度となく繰り返してしまう。

そうして気がついた時には時刻は夕方、夕食の頃になっていた。

「三城さん、お食事ですよ」

「あ、はい。ありがとうございます」

軽いノックの後直ぐに開けられた扉から、若い女性の看護師が両手で夕食の乗った盆を持ち病室に入った。

この看護師・盛岡[もりおか]は恭一の担当看護師だ。

手術前の準備をしたのも彼女で、はじめこそ気恥ずかしさはあったが何度か言葉を交わす内に気にもならなくなっていた。

彼女は仕事をしているだけだ。

準備も手当も気遣ってくれる優しい言葉も、ただただ彼女の職務からくるものだろう。

そう思えば恭一も、気軽に日常会話を交わせていた。

「どうぞ。・・・あ、ルービックキューブですか?」

「あ、はい。売店で売ってたので」

「へぇ。やった事はあるんですけど、私完成させれた事がないんですよね。三城さんはお得意なんですか?」

夕食の乗った盆をベッド脇の棚に置き、盛岡は恭一を覗き込んだ。

そうするとパラリと耳から横髪が頬に落ちた。

「得意って程でもないんですけど、それなりに」

「へぇ、そうなんですか。完成させるとこ、見たいな」

盛岡が声を弾ませるところをみると、恭一の言葉は謙遜を含んでいたが彼女の言葉もまた社交辞令がら来るものなのだろう。

どことなくそう解釈をした恭一は曖昧な笑みを浮かべた。

「じゃぁ、また今度、是非」

「約束ですよ?じゃぁ後で見回りに来た時に───」

約束だと言いながら盛岡はルービックキューブを握る恭一の手に触れる。

爪先まで整えられたその指は少し冷たいな、と感じたちょうどその時、彼女の声に被せるかのように病室の扉が開けられた。

「・・・あ、春海さん」

「お兄さん。こんばんは」

「・・・」

扉が開く音で期待をしていた。

担当看護師である盛岡が此処にいり、夕方で医師も来ない時間なのだから病室に訪れる者は自然と限られてくる。

そこに居た三城に、恭一は自然と頬が緩んだ。

この時間という事は仕事の合間に寄ってくれたのか終わって来てくれたのかは微妙なところだが、多分前者だろう。

一日働いたというのに隙のないスーツ姿の三城は、ビジネスバックと紙袋を手に病室の奥へと進んだ。

戸籍上は兄弟である三城を盛岡はじめ他の病院スタッフも『お兄さん』と呼ぶが、それを三城が疎んでいると恭一は知っている。

「じゃぁ、約束ですよ」

「あ、はい」

「失礼します」

三城に会釈をし、指先を軽く振った盛岡は病室を後にした。

彼女の居なくなった扉が閉まる。

今病室には三城と二人きりだ。

彼は毎日見舞いに来てくれるし忙しい中申し訳ないとは思うが、嬉しいものは嬉しい。

だが、その恭一に三城はベッド脇の椅子に座りながら大仰にため息を吐いた。

「なんだ、今のは」

「え?あぁ、これしてる所見たいっていうから、後でって言ってただけだよ」

手にしたままであったルービックキューブを棚に置かれた夕食の盆の奥へと置く。

そうして身体ごと三城に振り返れば、恭一は苦笑を浮かべて見せた。

あぁは言っても彼女との『後で』など無いのではないか。

孤独な老人の患者もいるから会話も看護師の仕事の一つなのだと思う。

ただ看護だけしていれば良い訳ではないのだろう、看護師も大変だ。

「春海さん今日も・・・え?」

だが苦笑を浮かべる恭一に、三城は無遠慮に眉間に皺を寄せたのだった。






  
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