真夏の夜の・・・編・11



手にしていた紙袋を恭一に押し付け、三城は見舞客用の椅子に腰を下ろした。

食べ物が入っているのだろうその紙袋は、上からそれらしき紙の箱が見えた。

「お前がどうだとは言うつもりはない。ただ、あまりにも無防備過ぎるのではないか?」

「え?何それ?」

背もたれに背を預け三城は足を組む。

眉間の皺はそのまま大仰にため息を吐いてみせたが、恭一の問いかけに答えはしなかった。

三城は何を言いたいのか。

恭一がそれを理解するよりも早く、彼は否定的に首を横へ振った。

「・・・いや、もう良い。それより、体調はどうだ?」

もう一度、今度は浅いため息を吐き三城は話題を変える。

そこにどの様な意図があったのかも解らない。

だが前の話しを続けるメリットも恭一には無く、新たな質問に頷いて見せた。

「身体は、うん。元気だよ。痛みも随分無くなってるし、今日は結構院内をうろうろしてみたんだ」

「そうか。あれも買ったんだな」

「うん。久しぶりにタイム競ってみる?」

「やめておく。負けの見えている勝負はしない主義だ」

あれと言い、今は台の奥へ置いたルービックキューブを三城が視線で指す。

その三城に恭一が冗談めかして言えば、彼は軽く笑った。

「・・・ぁ」

「どうした?」

「ううん、なんでもない」

三城が笑っていてくれるのは何とも安心をする。

見ているのも、眉間に皺を寄せた姿より笑っている方が何倍も好きだ。

それが嬉しくて恭一も肩の力を抜いたように頬を緩めれば、殊更三城の表情も柔らかくなった気がした。

「食事は来たところか?俺に遠慮せず食べて良いぞ」

「うん。でも食べるのは後でいいよ」

「冷めるだろ」

「今は春海さんと喋っていたいから。・・・今日もまだお仕事?」

「あぁ。少しな」

仕事の合間に時間を作って来てくれたようだ。

ならばあまり引き留めておく訳にはいかないし、だからこそ彼と過ごせる時間は大切にしたい。

食事は少しくらいなら遅れてしまっても構わないだろう。

「病院の食事という物はやはり質素な物だな」

「味は結構おいしいよ。薄味だけど、こういうのもありかなって」

食事制限が無い為、メニューの内容は定食屋と大して変わらない。

今日のメニューは白米と焼き魚と野菜の煮物、それから豆腐の味噌汁と白菜の漬け物。

はじめこそ味付けの薄さを感じていたが、二日目辺りから気にならなくなった。

「そういえば春海さんは食事どうしてるの?ごめんね、作れなくて」

「何を言ってる、恭一が気にする事ではない。俺も一人暮らしは長かったんだ、食事ぐらいどうとでもしている」

「そっか、そうだよね」

「味気ないが外食でもインスタントでも食事はとれるからな。だが、出来るなら早く恭一の手料理を食べたいとは思っている」

「春海さん・・・」

三城がふと口元を緩める。

とはいえ、ただでさえ忙しい三城だ。

食事以外でも生活面で迷惑を掛けているだろう。

そうした様子を少しも見せず、毎日病室に顔を出してくれる三城には感謝をしてもしきれない。

「春海さん、毎日お見舞いに来てくれてありがとう」

「どうしたんだ急に」

「仕事だけじゃなくて、家の事とかも用事が増えただろうにそれでも来てくれてるんだなって」

「大した事ではない」

「でも、本当無理しないでね?別に毎日じゃなくても大丈夫だからね?」

三城に会えるのはもちろん嬉しい。

たとえ少しの時間でも幸せだ。

けれど、その自身の喜びの為に三城がどれ程大変な思いをしているのかはっきりとは解らない。

「またその話しか。恭一は心配するなと言っているだろ」

「そうだけど、でも春海さんにばっかり迷惑───」

ふと、三城の表情が険しくなっていると気が付いた。

だがその時に口を閉ざしても既に遅く、三城は細めた眼差しで恭一を見つめていた。

「見舞いに訪れれば毎度来るなという。恭一は俺に来られるのが迷惑なのか?」

「え?そんな訳ないよ。そうじゃなくて、ただ僕は春海さんが・・・」

「俺は問題はないと言っているんだ。来れる時間が作れているから毎日でも来ている。そんなに俺は信用出来ないか?」

「そういう訳でもなくて・・・」

三城を信用していない訳でもない。

彼は仕事も出来るしスケジュール管理にも長けていると知っている。

それでも、ただ己の為に無理をしているのではないかと、優しい彼だからこそ無理をしてでも時間を作ってくれているのではないかと、気掛かりになってしまうだけだ。

胡乱な眼差しの三城に動揺を隠せず、恭一は眉を下げる。

言葉が出てこない。

気持ちを伝えたくとも、何と言って良いのか解らない。

「どうだかな。恭一は楽しく入院生活をしているようだから、俺が居ては不都合なのだろう」

「そんな。別に楽しんでるつもりもないけど」

「そうか?今まで見向きもしなかったモノで遊んでみたり、可愛い看護師と話をしてみたり、なかなか満喫しているんじゃないのか?」

三城が、嫌味に笑う。

それがやけに冷たくて。

殊更彼に返す言葉が思いつけない。

恭一が無言のままただ三城を見つめるしかないでいると、彼は視線を反らし椅子から立ち上がった。

「え?春海さん?」

「俺が居ては邪魔になるようだ。帰る」

「っ、春海さん」

踵を返す三城に、恭一は咄嗟にベッドから降りようとした。

けれど手にしたままであった紙袋をベッドの上に置き、そしてスリッパに足を入れようにも気ばかりが焦り足がもつれる。

早く三城を追いかけなければ。

迷惑でも邪魔だとも思っていないと伝えなければ。

「待っ───て・・・」

だが、恭一が追いかけようとした時には、三城が出て行った病室の扉は無情にも閉まってしまった。

三城は、恭一が追いかけていたと見えていただろうに。

それでも待ってはくれなかった。

それ程までに怒りは深かったのだろうか。

「・・・春海さん」

目の前の白い扉がとても大きく、そして遠くに感じる。

ここを開ければ廊下にはまだ三城が居るだろう。

けれど、追いかけても待ってくれなかった三城を思えばその扉を開けて更に追いかける気持ちにはなれず、恭一は肩を落としベッドへと戻って行ったのだった。





  
*目次*