真夏の夜の・・・編・12



一人残された病室は、やたらと広く感じる。

そこをぼんやりと眺めていると、ふとベッドの上に咄嗟に置いた紙袋に指先が触れた。

「・・・ぁ」

三城が何かを持って来てくれた物だ。

彼と話している時は見ようともしなかったその紙袋を引き寄せ、恭一はそれを膝に置いた。

中には小ぶりな紙の箱があり、片手でそっと取り出すと空になった紙袋をベッドへと退ける。

シールで一か所止められているだけの箱を開ければ、そこには可愛らしいシュークリームが3つ入っていた。

包みの色が違いがそれぞれ味が違う事を教えている。

「・・・春海さん」

三城は、どのような気持ちでこれを買ってきてくれたのだろう。

彼はいつも入院している恭一を気遣ってくれていたのだ。

解っていた。

解っていた筈だというのに、不要な言葉で彼を怒らせてしまった。

病室から出て行く間際の三城の冷たい眼差しが忘れられない。

待って欲しくても足を止めなかったと思い返せば、胸が締め付けられて苦しかった。

「僕はただ・・・」

三城を怒らせたかった訳ではない。

ただ、多忙な彼に無理をして欲しくなかっただけだ。

口ではあぁ言っていてもその本心では、どんなに毎日彼が来てくれるのを心待ちにしていたか、きっと三城は知らない。

多分、感謝の言葉よりも多く『無理に来なくて良い』という趣旨の言葉を告げていたのだろう。

だから、知られていなくても当然だ。

けれど本当は、退屈な入院生活の中三城に会えるのが嬉しくて、嬉しくて。

早く三城と暮らす家に帰りたい、彼との甘い時間を過ごしたいと、気ばかりが急いてしまう時も三城の姿を見れば落ち着けた。

そして、早く帰る為にも傷口の痛みにも耐えられたのだ。

『無理をしていない』と三城は言っていた。

『信じていないのか』とも彼に聞かれた。

それに応えるならば、信じていなかったのだろう。

三城は事実を隠すのに長けており、無理をしていないとはどうしても思えなかった。

けれど、無理をしてでも来てくれている、その彼の気持ちを考えるべきであった。

「・・・謝らないと」

ちらりと携帯電話に視線をやる。

しかしそれに触れないまま恭一は顔を反らした。

そして膝の上のシュークリームの箱をベッドの上に戻し、夕食の乗った盆へと向き直った。

引き出しの中から箸を取り出す。

冷め切った食事は、より一層貧相な印象を与えた。

味は冷めてもそこそこ美味しいと思う。

けれど今の恭一には、料理が口に入れど味わう余裕はない。

「・・・はぁ」

三城に何と言おう。

メールにするか電話にするかも迷ってしまうし、告げる言葉には殊更困る。

謝罪の気持ちはある。

けれど、ただ『ごめんなさい』では違うように思えた。

「どうしよう・・・」

本当は、会って顔を見て伝えるのが一番だと思う。

けれど今回の件があったのだから、自分から『来てくれ』などとは到底言えない。

メールでは、文字と言う特性上本心が伝わりにくいのではないか。

しかし電話では、彼が着信に出てくれないのではないか。

考えれば考える程、つまらない不安が胸を満たした。

普段から些細な喧嘩ならばある。

けれど普段ならば、朝か晩に自宅で彼に会えるという安堵感があるのだ。

しかし、今はどうだ。

これがいっそ海外出張中であれば、『会う』という選択肢が消去される為電話もし易いだろう。

病院から自宅まで車で数十分。

会おうと思えば時差もなく会える距離が、より一層三城との心の距離を広げているように感じた。

「・・・ハァ」

味も解らないまま夕食を食べ終える。

そしてふと、目に入った傍らの紙箱へ手を伸ばした。

箱の中に綺麗に収められたそれを一つ手に取る。

三城が、恭一の為に買ってきたシュークリーム。

洒落たパッケージのそれは見るからに美味しそう。

シュークリームは手で持って食べるので食べやすく、サイズも手ごろだ。

だが一人で食べるには3つは多い。

この中に、三城の分は含まれていたのだろうか。

「春海さん・・・」

今頃三城はオフィスだ。

そして、病院に来るために使った時間を取り戻す為に仕事をしているのだろう。

どんな結果であれ使った時間は変わらないし、それで三城が負担で無いというならそれで良かった筈だ。

「余計な事、言っちゃったんだよな・・・」

たとえ思っていても言わなくて良い言葉も確実にある。

無理をするなというだけが気遣いではない。

それを改めてかみしめながら、恭一は手に取ったシュークリームに齧りついたのだった。



  
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