真夏の夜の・・・編・13



一晩が経ち朝が過ぎて昼になっても、結局恭一は三城にメール一つ送れないでいた。

何と書いて良いのか解らない。

伝えたい気持ちは多々あれど、無機質な文字だけでその全てを正確に伝える自信がない。

そもそも、今となってはどちらの携帯電話を使えば良いのかも選べないでいた。

「・・・はぁ」

あまりに『来なくて良い』と言い過ぎて三城が怒ったのは解る。

けれど今朝になってようやく彼が他にも言っていた、『今まで見向きもしなかったモノで遊んでみたり』であったり『可愛い看護師と話をしてみたり』が気になりだした。

別にどちらも他意はない。

入院生活を満喫しているどころか退屈で退屈で仕方がない故だ。

頭の内部構造の違いか元々三城の考えている事が解らない事は多いが、今回もまた彼の思惟は説明されなくては解りそうにない。

今日はどうにも何もやる気が出ず、スマートフォンにもルービックキューブにも、他の暇つぶしの物にも何も触れていなかった。

退屈ではあるがやる気も出ない。

時間の進みはやたらと遅く、随分と前に終えたと思っていた昼食も時計を見れば一時間程度しか経っていなかった。

「何か、しないとな」

手術の傷口は昨日より更に痛みはマシになっている。

歩く事もリハビリだと言われている事もあり、病室に止まっているよりはマシだと恭一は財布だけを手に腰掛けていたベッドから立ち上がった。

下のフロアの売店に行き缶ジュースか何かでも買う。

そうしている内に気分が変わるかも知れないし、昼寝をするのも良いだろう。

ただこうして座っていても時間の進みが遅いだけで名案一つ思いつくとは思えない。

自分自身に言い聞かすように内心呟き、恭一は病室を出ようとした。

しかし恭一がドアの取っ手に手を伸ばすと同時に、それが外側から開けられたのである。

「・・・あ」

「あら、お出かけですか?」

「あ、はい。といっても売店までですけど」

扉を開けた彼女、看護師の盛岡はニコリと愛想の良い笑みを浮かべ病室に足を踏み入れた。

昨日やその前を振り返るなら、この時間は看護師が来る頃合いではない。

ならば特別な用でもあるのだろうか。

消毒液やガーゼの入ったカートを押してはいたもののそれらに触れる素振りもないまま盛岡は病室の中を伺った。

「お急ぎですか?」

「えっと・・・」

「今、私休憩なんです。良かったら昨日の約束、見せてくださいませんか?」

「え?・・・あぁ」

十数センチ下から盛岡が見上げて笑う。

女性とは小さいものだ。

いつもは同じ程の身長差を自分が見上げる立場にあるのにと思えば、こんな事でも三城を思い出してしまい不意に胸が苦しくなった。

てっきり社交辞令だと思っていたあの約束は、盛岡は本気だったようだ。

もしくは、ただ手が空いた為に律儀に約束をこなしに来てくれたのやもしれない。

しかしどちらにせよ、今の恭一は人と話したい気分ではないし、ルービックキューブをする気分でもなかった。

加えて、今の調子であればいつもと同じように手早く完成させて見せるなど出来そうにもない。

「すみません、今ちょっと気分悪くて飲み物買いに行こうと思ってたので・・・」

気持ちは重いが気分は悪くはない。

口から出任せの嘘は心苦しいが、けれど他に上手い断りの言葉も思いつかなかった。

咄嗟に口をついた恭一に、けれど盛岡は小さく驚いた顔を見せた。

「えっ、ご気分が悪いんですか?どんな感じですか?ごめんなさい、私ったら。すぐに先生を・・・」

「い、いえ。違うんです。えっと・・・そう、食べ過ぎで。えっと、昨日お見舞いにもらった物が生物で、だから食べなきゃって思って食べ過ぎたみたいで。だから大丈夫です」

嘘を言うにしても選ぶべきだった。

ここは病院だ。

少し考えれば、体調の不調を訴えればこうなると解るようなものだ。

そうとも出来ない己にため息が出る。

尚も医師を呼ぶという盛岡に大丈夫だと繰り返し、恭一は半ば逃げるように病室から飛び出した。

院内なので走りはしていないが早足で、これでは仮病がばれていただろう。

いつもの事ではあるが、何事もスマートにいかないものだ。

「・・・はぁ、何やってんだろ」

三城にメールの一つも送れない。

せっかく約束を守ろうとしてくれた看護師に下手な嘘をついて逃げた。

早足に焦ったことで腹の傷も痛む。

一つ胸に抱える事があれば何もかも上手く行かないものなのかもしれない。

そのような自分に嫌気がしながらも、恭一は売店まで向かうとその隣にいくつか並ぶ自動販売機で目に付いた缶コーヒーを購入した。

売店で店員と顔を合わすのも嫌などと重傷だ。

自動販売機に転がり出た缶コーヒーを手に取る。

ありふれた有名メーカーの缶コーヒー。

恭一の好みと三城の好みは違い、彼はいつもこれを飲んでいたと思えば恭一は無意識のうちにもう一つコーヒーを購入していた。

ブラックのそれは恭一は苦手だ。

「春海さん・・・もう、来てくれないよね」

当然だ。

来なくて良いと言ったのは自分自身なのだから、来て欲しいなどと思うのは図々しいも良いところだ。

次に彼に会うのは退院をした夜の自宅だろう。

それは仕方がない。

けれどせめて、それまでに仲直りはしたい。

「よし、電話するぞ。それで出てくれなかったら、メールをする」

日中のこの時間ならば三城は仕事中だ。

電話に出ない確率は非常に高く、結局はメールになるだろう。

けれどそれで良い。

下手に電話にしてしまえば言葉が続かないかもしれない。

エレベーターで病室のあるフロアまで上がる。

二本の缶コーヒーを抱え廊下を曲がると、その先にもう医療道具の乗ったカートも消えた個室の病室が見えた、その時。

「・・・ぁ」

恭一の使用している病室の扉が、スライドする。

内側から開けられたそこから出てきた姿に、恭一は歩みを止められた。

「・・・どうして」

「・・・、恭一。戻ったのか」

これは幻か何かだろうか。

けれど、それでも構わない。

「春海さんっ・・・」

ハッとした次の瞬間、恭一はここが病院であることも忘れで走り出した。

会いたくて、けれどもう会いたいと言えなくなった三城が、今そこに居る。

今はそれ以上考えられなかった。

数メートルの短い距離はすぐに縮まる。

「あ・・・」

腕を伸ばせば触れられる距離に間違いなく三城が居る、そう思った時には、強引に腰を引き寄せられ恭一は個室の病室に連れ込まれていたのだった。



  
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