真夏の夜の・・・編・14



病室に引き込まれた恭一は、背中でカチャリと施錠する音を聞いた。

静まり返った病室でそれがやけに大きく聞こえる。

だがそのような事を気にしていられたのもつかの間、腰だけではなく背中をも強く抱き締められると、三城に唇を奪われた。

「んっ・・・・」

「恭一・・・」

唇を合わせながら三城に名を呼ばれる。

その彼の声に胸の鼓動が鳴り、そしてすぐに三城は舌で唇を割ると深い口づけを施した。

彼の舌が口内に進入し、舌を絡み取られ、熱い舌先が触れあっただけ背中に痺れが走る。

入院をして以来もう何日をキスなどしていない。

それを今、もう退院するまで会えないとまで思っていた三城に唇を奪われている。

「っふ・・・ん」

ここは病室で、扉一枚挟んだ向こう側は廊下。

耳を澄ませばカラカラとカートらしき物が転がる音が聞こえる中、自分は三城とキスを交わしているのだと思えば、それが殊更興奮を誘った。

「はる・・・・ん」

二本の缶コーヒーが手から滑り落ちる。

開けていられない瞼が重く垂れ込め、施されていたキスに恭一も夢中で応える。

そうして恭一の腕が三城の腰に回れると、程なくして三城は最後に唇を啄む事でそこから離れていった。

「あ・・・はぁ・・・」

「可愛い声だ。だが、こんな扉の前であまり大きな声を出すと誰かに聞かれてしまう」

「っ・・・だって、春海さんが」

「俺がなんだって?」

「・・・春海さんが、居たから」

もう、来てくれないと思っていた。

来るなと言ったのは自分自身であるし、それが当然だと思っていた。

けれど謝りたいのだと、会いたいのだと、強く思っていた。

その三城が目の前に居て、キスを与えられたのだ。

普段の何倍も、三城を求めてしまった。

不満げな唇とは裏腹に縋るように三城を見つめていると、恭一が取り落とした缶コーヒーを拾い三城がふと口元を緩めた。

「何故二本ある?こっちは恭一は飲めないだろ?誰の分だ?」

「・・・春海さん、のだけど」

「俺が来ると知っていたのか?」

「まさか。もう、来ないと思ってたよ。・・・来ないで良いって言ったの、僕だし」

何故三城しか飲まないブラックの缶コーヒーを買ってしまったのか上手く説明は出来ない。

ただ、気が付いた時にはそうしていたのだ。

曖昧に口ごもる恭一を、三城は苦笑を浮かべ一つ息を吐いた。

「直ぐに帰るつもりをしていたのだが、これを飲むくらいは居ても良いと受け取っても良いのか?」

「え?・・・あ、あの、僕は、春海さんが大丈夫なら、その・・・」

どれだけ居てくれても構わない。

むしろ、本当はずっと一緒に居たい。

ただ三城は忙しい人だから、無理をして欲しくなかっただけだ。

昨日とは随分と違う事を言っていると思う。

なんとも自分勝手で、三城を振り回している。

バツが悪く顔を背けたが、三城が病室の奥、指定席となっている椅子に座ったのを知り恭一もベッドへと腰を掛けた。

ブラックの缶コーヒーを三城がプルタグを開ける。

もう一方をベッド脇の台の上に置いた小さな音を耳に無意識にそこを見ると、恭一はその奥にあった物に気が付いた。

有名デパートのロゴが描かれた、小降りのサイズの紙袋だ。

「春海さん、これ」

「それだけ渡して帰るつもりだったんだ。恭一が留守だったが、それはそれで良いかと思ってたんだが」

三城がこれだけを置いて帰ろうとしたというのは、昨日の口論故だろう。

そうと聞けばますます申し訳なくなってしまう。

紙袋を見つめ恭一は肩を落とした。

「・・・ごめんなさい」

「何を恭一が謝る」

「昨日、酷い事言って」

三城を悪く言うつもりもなかったし、苦言を言いたかった訳でもない。

けれど、言葉を選べなかったのは己のミスだ。

紙袋を手に取る。

膝の上に乗せたそれを覗けば、安易なプラスティック箱にはいった佃煮の類がいくつも並べられていた。

「これ・・・」

「昨日見た夕食が味けなかったからな。足しになればと思っただけだ。それも、迷惑だったか?」

「そんな訳ない。・・・ごめんなさい」

昨日も、今日も。

きっとそれまでも、三城は恭一の事を考えてくれていた。

だというのにそれを無碍にしてしまった。

情けないまでに眉を下げた恭一は、頼りない眼差しを三城に向けた。

「来なくて良いって言って、ごめんなさい。来て欲しくなかった訳じゃないんだ。ただ、春海さんは忙しいから、無理して欲しくなくて、それだけで・・・」

「本当に、それだけなのか?」

「え?うん、そうだよ。春海さんに、会いたくない訳なんて、あるわけがないよ」

好きで、大好きで。

だからこそ無理をして欲しくないと、自分などよりも彼自身を大切にして欲しいと思った。

大好きな彼に会いたくないなどあるわけがない。

真っ直ぐに三城を見つめる。

するとその先で、三城はふと微笑を浮かべた。

「そうか。それなら良い。俺はてっきり・・・」

「え?」

「恭一に疎まれているのだと、思ってな」

「まさか、そんな事・・・」

「いつも、恭一が家に居るのが当たり前だった。だが今、家に恭一が居ない。だからか不安になったんだろうな」

「春海さん・・・」

三城の言葉に、小さく息を飲む。

いつも堂々と自信過剰なまでの彼だというのに。

不安だったと苦笑を浮かべる面立ちが、とても印象的だった。

「ごめんね」

「今度はなんだ?」

「春海さんが、大丈夫って言ってたの信じてなくて。僕は春海さんの仕事内容とかよく知らないから、本当は無理してるんじゃないかって、春海さんは優しいから。だからそう思って。信じきれなくて、それで・・・」

「いや、俺も言葉が足りなかったのだと思い返していた」

握っていただけの缶コーヒーを三城は台の上に置く。

そして恭一の膝からも紙袋を取り上げ元の場所に戻すと、彼は椅子に座ったまま恭一の頬へ指を伸ばした。

「恭一に会う事が、活力になるのだと言っていれば良かったな」

「え?」

「ここへ来る時間を作るよりも、何日も恭一に会えない方が余程辛いという事だ。いくら早い時間に帰宅出来たとしても、一人きりの家では疲れなど取れない」

「春海さん・・・」

「だから今日も、昨日の今日だというのに懲りずに来てしまった。恭一に呆れられてしまうかと思っていたんだがな」

「っ・・・僕は。僕は、春海さんに謝りたくて。それで、でも電話も出来なくて、それで・・・」

「そうか。だが、もう良いな」

「うん。春海さん大好き」

いつもと違う、離ればなれの入院生活。

どうやら互いの気持ちがすれ違っていたようだとようやく気が付けた。

すれ違っていたのは互いに互いを想ったからこそだ。

大好き。

愛している。

その言葉に少しも嘘はない。

「恭一。少しだけ、触れさせてくれ」

「・・・はるっん・・・」

頬に触れていた指が、頭部に回る。

三城が椅子から腰を上げたのだと見えると、彼に再び唇を奪われたのだった。



  
*目次*